山内堅治神父のみことばの響き
宣教者としての心構え
〈年間第13主日〉ルカ9・51〜62
エリア(イスラエルのムフラカ) 頼りない役を演じるのが上手だった川谷拓三(故人)という俳優がいました。彼の役柄に好感を持ったものです。彼は高知の中学を卒業した後、映画俳優を目指して京都へ向かいます。下積みとも言える大部屋時代を15年間体験し、その間、時代劇での斬られ役を三千回、時には一日に三回斬られ役だったこともあります。やがて脇役集団の「ピラニア軍団」を結成して、テレビの司会の話も舞い込むようになり、「俺にもこんな仕事ができるのか」と思い上がり始めた時、勝新太郎さんに「役者が司会に呼ばれてどうする」と叱られ、その仕事を中止。晩年には「残すための仕事をしたい」というのが彼の望みでした(『朝日新聞』1993年1月27日号参照)。長い下積みの生活、努力の積み重ねに共感を覚えます。
今日の第一朗読で、エリシャは預言者としての歩みを開始し、エリアに対して「わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。それからあなたに従います」(王上19・20)と言います。それに対してエリアは反対しません。ところが、今日の福音では弟子の一人が「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」「家族にいとまごいに行かせてください」とイエスに願うと、「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい」「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と厳しく語ります。
主の変容の教会(タボル山) 「十戒」において「あなたの父母を敬え」(出20・12)と神が命令するように、父母の葬儀を丁重に行うことはユダヤ社会では重要なことであり、そのために、安息日の制限規定が免除されるほどでした。イエスの答えは、こうした社会的慣習を否定するように感じますが、むしろ現実の務めと緊急課題の宣教とを見比べながら、宣教の重要性を強調していきます。宣教者として歩む心構え、意気込みが感じられるのではないでしょうか。
日本にもたくさんの宣教者たちが派遣されています。時には家族の絆をさえ犠牲にするほどの奉献です。日々の積み重ね、宣教への意欲、一番たいせつなものは何かを考えさせてくれるみことばです。
よいサマリア人
〈年間第15主日〉ルカ10・25〜37
エリコ 祭司、レビ人、サマリア人。彼らはどんな立場の人だったのでしょうか。祭司はエルサレムの神殿で宗教儀式を司る、神と人との仲介者のような役割。レビ人は神殿で奉仕し、「レビ」に「親しむ者、結び合わせる者」の意味があるように、神と人とを結び合わせる役割。サマリア人は北王国イスラエルの王オムリ(紀元前9世紀/王上16・23〜28)が購入した町に住む人びとで、紀元前4世紀にはサマリアのゲリジム山に神殿が建てられて以来、エルサレムとの宗教的対立を深め、「シケムに住む愚かな民」(シラ50・26)と軽蔑されるほどでした。
エルサレムからエリコまで20数キロの道は、徐々に下っていくとは言え、砂漠同然の荒れ地です。追いはぎに襲われた人は、たぶんユダヤ人でしょうが、意図的に何民族と記されていません。祭司、レビ人はケガを負っている人のそばを通りました。時間的にはゆとりがある状況です。それに対してサマリア人は、「旅」というしっかりした目的を持っていました。その予定を変更してまでも、ケガを負った人に手を差し伸べます。「その人を見て、憐れに思う」というのは重要なことばです。「憐れむ」は「スプラングニゾマイ」という言葉が使われ、心から気の毒に思い、同情心を持つ態度を示します。これはルカ7章での「主はこの母親を見て、憐れに思い」、ルカ15章での放蕩息子の中に出てくる「父親は息子を見つけて、憐れに思い」と同じ用語です。
エルサレムから見たエリコ方面のユダの荒れ野 サマリア人は油とぶどう酒を注ぎ、傷を癒し、自分のロバに乗せます。さらにデナリオン銀貨2枚を渡しますが、これは現在の日本円に換算するなら、2万円相当になるでしょう。金持ちではないサマリア人にとっては高額なお金です。
最後に、イエスのことばは印象的です。「行って、あなたも同じようにしなさい」。サマリア人の積極的な行動に、私たちもあやかりたいものです。
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