みことばの響き

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山内堅治神父のみことばの響き

貪欲からの解放

〈年間第18主日〉ルカ12・13〜21


1-2.jpg西木場教会 長崎の教会を訪れると、教会建築にあたっての信者たちの種々のエピソードが残っています。小学生の頃、父から郷里の西木場教会を建てるため、祖父母や母とともに自ら労働奉仕に加わったと、聞いたことがあります。教会の柱、床、天井、壁などのため、近くの山から木を切り出して馬車で教会まで運び、製材して大工さんといっしょになって建てたこと。休暇などで教会を訪れた時、柱、床、天井、壁などを見ると、父母や祖父母たちの労働の実りが木の香りとともに漂ってきます。「自分たちの生活安定よりも先に教会を建てたい」という、そんな素朴な香りが…。

 今日の福音でイエスが「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい」と語ります。「貪欲」は古今東西、また宗教を問わず共通して否定的です。仏教用語では「十悪の一つ」「むさぼって飽くことを知らない」とあり、聖書にも「貪欲」は不正と圧迫を生むもの(ミカ2・2)、時には「性的不道徳」「偶像崇拝」と並列して記され(一コリ6・9〜11、エフェ5・3)、特にコロサイ書には「貪欲は偶像崇拝にほかならない」(3・5)とも記されています。「貪欲」に相当するギリシア語は「プレオネクシア」で、「より多く所有しようとする」意味があり、種々の所有欲にとらわれ、自己本来の生き方を見失ってしまった姿でしょう。自分のために富を積む害悪を警告します。

2-2.jpg こうした貪欲に対比することばに「空になること」を挙げることができます。今日の第一朗読で「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」(コヘ1・2)と、「空しい」が38回繰り返されます。貪欲から「空」へと心を入れ換えていくこと…。

 種々の豊かさに恵まれている時代だからこそ、貪欲を乗り越える姿勢が今日のみことばを通して私たちに求められています。



ペトロ岐部の証し

〈年間第20主日〉ルカ12・49〜53


3-2.jpgペトロ岐部が歩んだ道 山上の垂訓の一節に「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5・9)、復活したイエスが弟子たちに発する「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ20・19)といったことばがあります。聖書の中には、平和を希求するメッセージが随所に見られますが、そんな中にあって「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。…むしろ分裂だ」(ルカ12・51)という今日のみことばは、私たちがふだん耳にしていることばと逆のように感じます。このみことばを端的にイメージできるのは、日本の数多くの殉教者たちです。

4-1.jpgペトロ岐部(作:舟越保武) 今年の6月1日、教皇ベネディクト16世はペトロ岐部と187殉教者の列福を正式に認めました。日本の教会としてはとても喜ばしい出来事です。この殉教者たちの中で代表的な人はペトロ岐部です。彼は国東半島の岐部に生まれ、有馬のセミナリオで勉強しますが、司祭叙階の許可がおりませんでした。日本では禁教令が発令され、数多くの宣教師たちが日本から追放されます。1614年、27歳になった岐部は日本を離れ、マカオ、さらにはインドのゴアへ行きますが、叙階の許可はやはりおりず、そこで陸路、ローマまで歩いていき、数多くの困難の末、1620年にローマで司祭に叙階されます。その頃、日本ではキリシタンへの迫害が厳しさを増していきました。それを承知の上、1623年に帰国の途へつきますが、船が難破すること4回。荒波を乗り越えて1630年に日本(鹿児島)に辿り着きます。キリシタンに対する弾圧はさらに激しさを増し、いったん長崎へ行ったものの比較的迫害がゆるやかな東北へ移動しました。その頃、訴人には褒賞金が与えられ、神父をかくまったり、宿を提供した者も告発されるような事態になります。密告者も出没し、賞金を稼ぐような者さえいました。誰を信じ、誰を疑うかそんな気持ちになったのではないでしょうか。イエスを信じているがために「平和ではなく分裂をもたらす」状況を、彼が身をもって体験したことでしょう。数多くの逮捕者が出る中、ペトロ岐部は自ら奉行所に自首し、江戸で殉教します。

 ペトロ岐部の足跡をたどる時、「平和をもたらすためではなく分裂をもたらすために」来られたイエスのメッセージが、よく響いてくるのではないでしょうか。