山内堅治神父のみことばの響き
ロック・オブ・カーシェル
〈年間第9主日〉マタイ7・21~27
今日の箇所では、「岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」(マタイ7・24)となっていますが、「ルカによる福音書」では「地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている」(ルカ6・48)といくぶん違っています。日本の建て方で考えていくなら、ルカの方が近いでしょう。
最近、修道院の隣にある旧・文化放送の建物が解体され、マンションが建てられましたが、このために地下をずいぶん深く掘っていました。修道院の敷地まで約1メートル近くのところから深く掘り下げ、壁が倒壊するのではないかと思うほどです。建物を建てる場合、日本では地下を深く掘りますが、岩場の所は、今日のみことばのように岩の上にそのまま建てることができます。例えば、イタリアのモンテカッシーノの修道院、アシジの聖フランシスコ修道院、スペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿、ギリシアのメテオラ、シナイ山の頂上にある教会、アイルランドのロック・オブ・カーシェルなどのように…。
アイルランドのロック・オブ・カーシェルは、アイルランド内陸のティペラリー州にある岩の丘に建つ堂々とした教会で、450年には聖パトリックが当地のエングス王に洗礼を授けたことでも知られています。1152年には大司教区になった所で、現在では聖堂や教会の壁面などが残り、いかにしっかりとした土台に上に建てられ、ゴシック様式の教会であったかが想像できます。一目見るだけでも、建物の壮観さや人々の教会に対する思いが伝わってくるようです。
しっかりとした土台の上に建つ教会。種々の歴史、地域において、教会も数多くの困難や風雨にさらされてきました。それでもしっかりとした歩みを続けています。土台がしっかりとしているからこその証でしょう。
収穫の働き手
〈年間第11主日〉マタイ9・36~10・8
昨年の秋、九州地方はとても少ない雨量でした。特に長崎県は例年の60%~70%程度。異常気象や温暖化の影響もあるかもしれませんが、農業を営む兄たちにとってはとても深刻な事態でした。昨年の10月頃、稲刈りのシーズンでもある時期に郷里で休暇をとった時のこと。数日間だけ農家の手伝いをしましたが、仕事のほとんどは畑での散水。川からポンプで水を汲み上げ、植えたばかりのキャベツや成長し始めている白菜に水をかける。枯れないように一つひとつ丁寧に水をかけることは、とても根気を要する仕事でした。散水が間に合わず、兄は徹夜で水をかけた日もあります。
冬になりやがて収穫の時。畑ごとに少しずつ時期をずらして植えたものの、収穫が同時期になる畑も。また雨が少なかった割には、かなりの収穫でした。ところがその収穫の時に人手が足りないのです。兄夫婦が働く中、母が入院。何とか時間をやりくりし、収穫して市場へ持っていくもののとても安い値段。例えば1箱に白菜が5個入って約15キロですが、市場へ持っていけば1箱300円の安さ。一番高い値段でも1箱1200円くらい。不運なことは重なるもので、安い値段がしばらく続きました。箱代が一つ100円、市場の手数料が10%なので1箱300円で換算すると30円の手数料、ガソリン代が一箱当たり約70円。手元に残るのは100円程度ですが、肥料代、薬代、諸経費などを考えると「ジュースも飲めない」、「赤字だな」とあまりの安さに唖然としていました。また収穫が追いつかず廃棄処分になることも。そんな話を聞きながら、育てるのもたいへんだけど、収穫はもっと大変だなあと思いました。
今日のみことばの中で「収穫は多いが、働き手が少ない。だから収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(マタイ9・37~38)とイエスは語ります。私たちは種まきが足りないとか召命が足りないと言ったりします。でもよく周りを見渡してみるとたくさんの収穫があるのに、それに追いついていないのも事実かもしれません。
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