みことばの響き

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山内堅治神父のみことばの響き

私の軛

〈年間第14主日〉マタイ11・25~30

 
1.jpg馬車 「軛(くびき)」と聞いても、最近ではあまり聞きなれない言葉になりました。「軛」を国語辞典で調べてみると「車の轅(ながえ)の先につけ、牛馬のくびにあてる横木」と記されています。「頸木(くびき)」「首木」とも記すことができるでしょう。
ギリシア語で「軛」は「ズィーゴス」が用いられ、「軛」の他に「秤」の意味があります。二つは何の関連性もないようですが、秤の横棒と馬車の車体についている梶棒の前端に渡した軛の形とが似ていることに由来するようです。例えば今日の箇所では「軛」ですが、同じ用語が「ヨハネの黙示録」では「見よ、黒い馬が現れ、乗っている者は、手に秤を持っていた」(6・5)となっています。このように「ズィーゴス」には二つの意味がありますが、たいていは「軛」の方がよく用いられています。奴隷や自由のない従属的な内容を含む形で…。
 
 ところで、作曲家の髙田三郎さんの曲の中に「来なさい重荷を負うもの」という作品があります。何度聞いても感動し、最後のフレーズでだんだん消え入っていく曲想には、心にジーンと染み入るものがあります。曲の解説の中にこんな文面が出てきます。「『わたしのくびき』とは『愛のくびき』であり、しかも、決して私たちだけに負わせるのでなく、常に、私たちと並んでともに負ってくださるのであり、真実、すでに人類全体の重荷を背負って十字架についてくださったのです。(中略)キリストの心のやさしさをいただいて歌いましょう。そしてそれを自分自身と、聞いている人の心にしみ通らせましょう。」(髙田三郎『典礼聖歌を作曲して』オリエンス宗教研究所、246頁参照)
 
 これに似たような箇所ですが、シラ書の中に「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある。目を開いて見よ。わずかな努力で、わたしが多くの安らぎを見いだしたことを」(シラ51・26~27)とあります。
 
 スピード化の時代の波についていけなかったり、取り残される人も多いでしょう。なぜこんなにたくさんの苦労が押し寄せてくるのか…。疲れ果てている人、重荷を負っている人に、今日のこのみことばは朗報です。
 

 
 

 

忍耐強く待つ

〈年間第16主日〉マタイ13・24~30

 
2.jpg教皇ヨハネ・パウロ2世 最近「キレル」という言葉をよく耳にします。ちょっと前の時代だと「あなたは頭がよくて、とてもキレますね」と言われると、とても優秀で立派な人と褒められた気持ちになったものですが、今、「あなたはすぐにキレますね」と言われると、褒められた気分どころか、とても気が短くて怒りやすい性格の人と思われたりします。「キレル」でも、時代の流れによって意味合いがこんなに変わるものでしょうか。慌しい時代にあって、ゆっくりと待ち、広い心を持ちたいものです。
 
3.jpg稲穂(長崎県) 2003年にイラク戦争が始まりました。戦争は終結したものの、テロ活動が以前にも増して頻繁になり、市民たちの犠牲者はかえって増えています。戦争開始当時の教皇ヨハネ・パウロ二世は、対話による解決をしきりに訴えましたが、その叫びも空しく戦争に突入しました。忍耐強く待ちきれなかったブッシュ大統領は、キレたのでしょう。
 
4.jpg津軽平野と岩木山 今日のみことばでは毒麦のたとえが語られ、とても忍耐強く待つ心が描かれています。秋になると、畑に大麦が植えられ、冬に麦踏みをして、春になるとその麦は成長します。5月ごろにはすっかり大きくなり、大麦の他に黒い穂が点々と出てきます。毒麦ではないのですが、子どもの頃その穂だけを集め、友達同士でお互いに顔に黒く塗り、遊んだものです。毒麦ならぬ黒い麦は、一つの遊び道具のようなものでした。種を蒔いた最初の頃には分かりませんが、大きくなるとその見分けが明確になっていきます。米の場合も同様で、苗の時には稲と稗との区別はつきませんが、大きく成長するとはっきり区別できるようになります。育つまで忍耐強く待たないと、稲まで抜いてしまいます。
 
慌しい時代の中で、解決を急がなければならない課題もあるのでしょうが、忍耐強く待つことで、よりよい解決策を見いだしていくことが可能です。