山内堅治神父のみことばの響き
心を一つにして
〈年間第23主日〉マタイ18・15~20
来日したイスラエルとパレスチナの高校生たち 今日のみことばに登場する「心を一つにする」というのは、ギリシア語の「シンフォネオー」が使われています。これは「シン(いっしょに)」と「フォネー(声)」という二つの合成語です。例えば、これに近い用語として「シンフォニー」という言葉がありますが、これは日本語では「交響曲」と翻訳されたりします。華やかなトランペット、きらびやかなバイオリン、低音部が響くコントラバス、素朴なティンパニー、木管楽器のフルートやクラリネットなど、楽器によって音色がそれぞれ異なっていますが、それらが一つになり、演奏するとすばらしい音楽を奏でることができます。「交響曲」のもともとの由来は、こうした性質の違う楽器が、声を一つにする、一つになって音楽を奏でるということになるでしょう。
私たちも一人ひとり性格は違うものです。昨年の夏、イスラエルとパレスチナの高校生が来日し、日本の高校生たちとともに、那須、東京、長崎を旅しました。パレスチナでもエルサレムから来ている高校生もいれば、ラマッラ、ベツレヘムの高校生もいました。生活形態、習慣、宗教など、みんな違っていました。いっしょに集まって議論する時には、意見の違いで白熱することもあり、彼らの議論に日本の高校生では太刀打ちできないような状況がしばしばありました。
またある昼食の時にはハンバーグの中に豚肉が入っているということで、ユダヤ教とイスラムの高校生たちが食堂から退席するような騒動もありました。日本では考えられないことですが、彼らにとっては真剣なことでした。
そういう違いをお互いに見つめ、理解し合っていくこと、今までにない心を一つにすることができることを目の当たりにしました。今日みことばは「心を一つにする」尊さを教えてくれます。
気前のよさ
〈年間第25主日〉マタイ20・1~16
ぶどう園で朝早くから働いた人、午前9時からの人、12時からの人、午後3時からの人、午後5時からの人など、実にさまざまです。主人はそれぞれに約束通り1デナリオンずつ支払っていきます。当然のことならが、朝早くから働いた人がどうしても自分たちも1デナリオンなのか納得いかない様子は、理にかなっているでしょう。彼らは暑い中で働いたわけですから、少なくとも数倍は受け取ってもよさそうな気がします。しかし、1日1デナリオンで契約しているわけですから、文句のつけようがありません。同時に、午後5時からの立場であれば、視点も変わってくるでしょう。
ある4人兄弟姉妹の末っ子の方がこんな話をしていました。冬になると、一家総出でかんぴょう干しをするそうです。10歳年上の長女のお姉さんは手際よく作業をし、商品になるものを整えていく。次女のお姉さんの長女に負けまいと、商品になるものを同様に整えていく。すぐ上のお兄さんは、ちょっと商品価値は落ちるけれど、かんぴょうの端の部分を整えて商品にしていく。末っ子の彼女は、作業が遅い上、あまり商品として支障をきたさないような部分を整えるそうです。その作業が終わった後、両親は4人の子どもたちにお小遣いとして100円ずつ均等に渡してくれたそうです。当然のことながら、長女は末っ子に対して不満を表すことがあったようです。確かに作業の効率や商品価値からしてレベルがずいぶん違うものです。でも両親は均等に渡すことを一つのポリシーにしていたとか…。末っ子の彼女の言い分として、手のひらは小さいし、かんぴょうを干す時に背丈が低くて相当苦労したそうです。自分としては精一杯やったのだから、100円もらっても十分だと…。
さて私たちはどの状況にあるでしょうか。朝早くから働いた立場でしょうか、それとも午後5時からわずか1時間働いて1デナリオンを受け取る立場でしょうか。後者なら、どんなに多くの恵みを受け、幸運だと思うでしょう。自分の今の状況を振り返りたいものです。
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