山内堅治神父のみことばの響き
よい知らせ
〈待降節第2主日〉マルコ1・1~8
キリストの洗礼 「福音」という言葉をよく使いますが、もともとは中国語に由来しているようです。漢字で「福」は「さいわい、しあわせ」、「音」は「おと、ねいろ、おとずれ、たより」など、「よいたより、幸せなたより、知らせ」の意味となります。国語辞典を調べてみると、「福音」について「喜ばしい、よい知らせ」「(キリストによって人類を救われるという)キリストの教え」と記されています。
ギリシア語では「エワンゲリオン」が使われ、戦争で勝ったことを知らせる使者の報告、喜びの訪れを伝えた使者に与える報償を意味し、これもまた「喜びのたより、よい知らせ」の意味が込められています。
シベリア上空 さてよい知らせの始まりとして、今日の福音では洗礼者ヨハネを取り上げます。彼が「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた」(マルコ1・6)と。ラクダの毛衣はベデウィンの服で極めて粗末なものでした。また腰に革の帯をすることは質素な身なりを意味し、この姿に似た人として、エリアを思い浮かべることができます。さらに「いなごと野蜜」は、貧しい人の食べ物で、洗礼者ヨハネはキリストを迎えるに当たっていかに厳しい状況であったかが分かるのではないでしょうか。
ナザレのお告げの教会
また自分自身のことについて「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない」(マルコ1・7)と言います。「かがむ」仕草は謙虚さとともに、「ひもを解く」のは、当時としては奴隷の仕事でした。あれほど、多くの人から期待された方がこのような姿勢を示しています。
サンマルコ修道院 かつてシベリアに抑留されたことのある方がこんな体験を話してくれました。厳寒の冬、体力が衰え友人たちが次々に亡くなっていく。ある時には、両脇で寝ていた人が亡くなっていき、明日は自分の順番かと思ったことが何度もあったそうです。日本に帰る日が決まった時、「よい知らせ」として受け止めたそうです。やがて北陸地方でダムの工事に従事しました。冬はとても厳しく、仕事も思う通りはかどりませんでした。しかし、シベリア抑留での寒さを思うと辛さも半減したそうです。
厳しい体験。それを乗り越えることで洗礼者ヨハネに似た「よい知らせ」を私たちも共感できるのではないでしょうか。
謙虚に受け入れる
〈待降節第4主日〉ルカ1・26~38
ナザレのお告げの教会 マリアへの「お告げ」あるいは「受胎告知」の絵は数多くあります。イタリアに滞在していた時、いろいろな教会を巡っては「受胎告知」の絵を探し求め、写真におさめました。有名どころはフィレンツェのサンマルコ修道院にあるフラ・アンジェリコの絵。よく教科書などにも掲載されています。その他にも三位一体教会にあるジルランディオの絵、サン・ロレンツォ教会にあるフィリッポ・リッピの絵、ウフィツィ美術館にあるレオナルド・ダ・ヴィンチの絵。受胎告知の絵をあげるとするなら、数限りないでしょう。
それらの絵で共通して言えることは、左に天使、右にマリアがだいたい描かれています。聖書にはどちらが右か左かは書いてありませんが、その配置が絵になるのかもしれません。3年前、ナザレのお告げの教会を訪れた時のことです。そこはフランシスコ会が管理していますが、教会の内外に全世界の有名な画家たちが描いた受胎告知の絵や聖母にちなんだ絵が掲げられています。日本からも長谷川路可画伯の「聖母子」が掲げられています。
長谷川路可画伯の「聖母子」 そんな中、この教会でミサをして、短い説教もしました。説教中、「受胎告知はこの教会から始まっていますが、この教会にも種々の『受胎告知』の絵が描かれています。共通して言えることは、左に天使、右にマリアが描かれています」と堂々と話したところ、香部屋に戻って壁に掲げられている絵を見ると、右に天使、左にマリアが描かれていました。これには驚きました。
そうした違いはあっても、マリアが自分に与えられた使命に恐れをいだいている姿、そのことを謙虚に受け止めようとしている雰囲気は共通しています。
自分が主のはしためとして全面的に受け入れようとするマリア。私たちも謙虚さ、受け入れる素直さを、マリアを通して学びたいものです。
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