みことばの響き

山内堅治神父のみことばの響き

神の権威

〈年間第4主日〉マルコ1・21~28

 
年間第4 神の権威.jpg 「権威」を辞書で引いてみると、どんな表現が出てくるでしょうか。『新明解国語辞典』(三省堂)によれば、「ずば抜けた実力やすぐれた判断力の累積によって支えられた、他を威圧し、追随せしめる人がただよわせる雰囲気」と記されています。「権威」には、威圧的なイメージが含まれているのでしょう。同時に、人は自分のわがままを満たすために威圧的な権威を振りかざすこともあります。
本物の権威とは、どんなものでしょうか。その答えとして、イエスの行動を挙げることができます。イエス自身、権威について語ります。しかし、人間的な権威とは違う感じです。今日のみことばには「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(マルコ1・21)とか、他の箇所では、イエスは「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」(マルコ2・10)、「何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう」(マルコ11・29)と語ります。他にも「人の子は安息日の主でもある」(2・28)などと、「権威」という言葉は使わなくても、そうした神的な権威をもって語ります。他を威圧し、追随せしめるイメージとは異なり、その人の生き方に根ざし、それが他の人をよりよく活かすもの。キリスト自身、神でありながらも自分の体を十字架上に奉献し、醜い者の姿を取られました。(フィリピ2章)キリストの権威には、卑しい者の姿を顧みるものもあります。
 かれこれ10年前になりますが、イタリアから総長が来日しました。管区総会への出席のためです。その会議ではほとんど語らず、ひたすら聞く姿勢でした。おかげで会議がスムーズに運びましたが、日本の姿勢をよりよく活かそうとするのがとても印象的でした。その場にいるだけで、安心感をもたらしてくれるのも権威の一つの印です。
 「権威」の在り方を考えていく大切なポイントが、今日のみことばに含まれています。
 

 
 

祈りと活動

〈年間第5主日〉マルコ1・29~39

 
年間第5 病人の癒し.jpg とても忙しく活動しているイエスの情景が描かれています。まずシモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたことを知り、イエスは彼女を癒します。夕方になると、人々は病人や悪霊に取りつかれた者たちをたくさん連れてきます。翌日になると、ガリラヤ中の会堂へ行き、宣教し、悪霊を追い出しています。こうした毎日のイエスの行動を見てみると、とても忙しい時間を過ごしていることが分かります。ところが、そんな合間にも「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」(マルコ1・35)とあります。サンドイッチを思い出していただいたらよいのですが、一番肝心でおいしいものがパンの間に挟まっています。イエスの歩みもこれに似ていて、種々の行動が両サイドにあるパンとすれば、肝心な味付けや具は、間に挟まった祈りです。こういう書き方はマルコ福音書によく出てくるパターンです。
 ある時、写真家の沖守弘さん家を訪ね、取材をお願いしたことがあります。沖さんはカトリック信者ではありませんが、家の中にはご自身が撮影されたマザー・テレサの写真が飾られていました。その中でも特にお気に入りは、マザー・テレサが祈っている姿のようでした。沖さんの話によれば、(小学館から発行された)マザー・テレサ写真集のその姿は、早朝ミサの前かあるいはミサの間に撮影なさったとのことでした。その写真に写っているマザー・テレサの顔はとても神々しいものです。この世のものではない、神と心から一致した姿で、写真を撮られた沖さん自身も、とても感動なさったようです。沖さんがこの写真を撮られた後、マザー・テレサはいつものように市内の貧しい施設を訪問なさったと言います。
活動の前にはこうした祈りがある。私たちにとっても、そうした祈りと活動のバランスを考えたいものです。
 

 
 

重い皮膚病

〈年間第6主日〉マルコ1・40~45

 
年間第6 重い皮膚病の癒し.jpg 旧約世界の中で、病気は罪の結果とされていました。その当時、その中でも重い皮膚病だと診断された方は、ある意味で死を宣告されたようなものでした。その時代の状況から、ハンセン病なども重い皮膚病と考えることができるでしょうか。
 かれこれ25年前のことですが、熊本にある待労院を訪れたことがあります。司祭になって1か月か2か月後のことでした。私にとっては、この施設で働くシスター方への感謝も込めての初ミサでした。神学生時代にお世話になったシスター、同じ郷里のシスターがいることもあって…。そこにはハンセン病のために約50名の方が入所していました。手が曲がっていたり、足が悪かったり、目が不自由な方などもいましたが、とても明るい方々が多く、優しく迎え入れてくれました。
 聖堂では一所懸命に祈っている姿、手を合わせている姿には心を打たれるものがありました。別れ際に一人ひとりに握手をしましたが、指が全くない人もいました。不自由な生活を強いられていると思いますが、希望を感じさせるとても豊かな心の持ち主でした。
 今日の福音の中に登場する人は重い皮膚病を患っている人です。イエスはその人に対して「深く憐れむ」心を示されます。「憐れむ」はギリシア語でスプランクニゾマイが使われ、もともとは「はらわた」「内臓」を意味します。人間の中で一番弱い部分で、その思いやりから「憐れみ」の言葉が生まれたのでしょう。イエスは手を差し伸べて重い皮膚病の方を癒されます。「よろしい。清くなれ」と語ります。「清くなる」という時、癒される意味を持つ「テラペオー」が使われやすいのですが、ここでは「カタリゾー」(清める、聖なるものにする)が使われています。単に病気を治すだけではなく、清い者、聖なる者にしていくところに、イエスの深い愛が感じられます。
 聖なる者にされ、気持ちも晴れ晴れとしたものになる清めのメッセージを、感じ取りたいものです。
 

 
 

周囲の支え

〈年間第7主日〉マルコ2・1~12

 
年間第7 わら葺の家(横浜.jpg 小学生の頃、家の屋根は麦わらでした。年とともに屋根も傷み、近隣のおじさんたちがやってきて、屋根の葺き替えを手伝ってくれました。支柱をしっかりと固定した後、竹を通して枠を作っていく。そこにワラを葺き替えていく作業ですが、見ていてとてもたいへんだなあと思いました。ワラ敷きの屋根に上っている人、その下で作業をし、紐を通している人。コンビネーションがよくないと形が整わない作業だとも…。最近ではこうしたワラ葺きの家もなくなり、瓦や鉄筋コンクリート造りになっています。きちんと設計をして役所で確認申請をする。
 日本ではこうした家の造り方がありますが、パレスチナの昔の家はごく簡単で、質素なものでした。梁があって、ワラと粘土で屋根を作り上げていく簡単は手法です。その点で日本の事情とは違うので、そのことを念頭に置きながら今日の箇所を読んでいくと分かりやすいでしょう。
 さてイエスを見ようと大勢の人が集まり、そこに4人の男が中風の人を運んできます。群衆に阻まれてイエスのところへ行くことができないので、「イエスがおられるあたりの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした」(マルコ2・4)と言います。日本で屋根をはがすと器物損壊で裁判に訴えられてしまいますが、そこはパレスチナ。屋根も簡単にできた家でした。しかも誰一人文句を言いません。かえって病人のことを考えてそれを大目に見ていきます。
 中風の人に治ってほしい思いが込められています。「床を担いで家に帰りなさい」と命じます。治ることで多くの人々は驚きます。「今まで見たことがない」と。
 周囲の人々の支えによって、この中風の人は癒されていきます。私たちもどれほど、周囲の人に支えられているかを考えてみましょう。