新しい掟 - みことばの響き

山内堅治神父のみことばの響き

新しい掟

〈復活節第5主日〉ヨハネ13・31~33a、34~35

復活第五主日(アウグスチヌ.jpg イエスは弟子たちに「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい」(ヨハ13・34)と語ります。「新しい掟」があるなら、当然古い掟があるはずです。例えば、出エジプト記の20章に出てくる「十戒」という掟。また「愛に関する掟」がレビ記19・18に登場します。そこには、「復讐してはならない。民の人々に恨みをいだいてはならない。自分自身を愛するように、隣人を愛しなさい。わたしは主である」と語ります。これ以外にも、613の細かい掟があり、「…しなさい」という肯定的なものは248、「…してはならない」という否定的なものは365ありました。これだけたくさんの掟があるので、ある一人の律法学者がイエスに「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」(マルコ12・28)と、尋ねるのも納得できます。
 古い掟をもとにしながら、イエスは新しい掟について示していきます。①ヨハネ10・18では、良い羊飼いの生き方を示しながら、「わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である」と語ります。命を捨てることが、新しい掟の一つだと言います。②ヨハネ12・49において、イエスは御父との関わりで、「わたしをお遣わしになった父が、わたしの言うべきことを語るべきことをお命じになったからである」と。ここにも、父から命じられた一つの新しい掟があります。③ヨハネ15・10では、「わたしが父の掟を守り、その愛に留まっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛に留まっていることになる」と語ります。このように、新しい掟がイエスと御父との関わりで示され、この愛が弟子たち相互の愛の模範になっていきます。
 アウグスチヌスは「ヨハネ福音書講話」の中で次のように語ります。「主はなぜ『新しい掟』と呼んでおられるのでしょうか。思うに、この掟が私たちに古い人間を捨てさせ、新しい人間を身にまとわせるものなので、それは『新しい掟』と呼ばれているのです。事実、愛はその掟を聞く人ではなく、むしろそれに従う人を新しくするのです」と。イエスによってなされた「新しい掟」の意味合いをかみしめたいものです。

遺言

〈復活節第6主日〉ヨハネ14・23~29

復活第六主日(西木場教会).jpg  今日の箇所はイエスが十字架につけられる前に、弟子たちに語りかけた言葉です。イエス自身、死を目前にして語っていますので、それは遺言のようなものです。
 2009年9月3日、約1年9ケ月の闘病の末、母が亡くなりました。クリスマス前の2007年12月23日にクモ膜下出血となり、翌日、手術を受けて意識は戻りました。しかし、徐々に体力が落ちていき、最後は目を閉じる日が多くなっていきました。
 まだ元気だった2007年10月のことです。病気になる2ヶ月前のことですが、私は一週間くらいの休暇を取って郷里の松浦市御厨町でノンビリ過ごしていました。東京へ帰る数日前、不思議なことに母は、私が生まれた時のことについて話してくれました。後になって考えれば、それは私への遺言のようなものでした。
 私が生まれる頃、母は農業に従事し、野菜を収穫しては、朝6時頃、(当時の)国鉄・御厨駅前でそれを売ったり、時には天秤棒に野菜をかついで10キロ、15キロの道のりを歩き、江迎や鹿町などで行商していました。当時、父は馬車引きの仕事をして、お客さんを乗せてはあちこちへ連れていく。今で言えばタクシーのようなものでしょうか。やがて母は私をお腹に宿し、それでも仕事を続けました。一家を養っていくためにはそうせざるを得なかったのでしょう。私が生まれたのは1月26日ですが、その一ヶ月前の12月末まで行商をしたとのことでした。すでにお腹は大きくなっていましたが、それでも天秤棒をかついで…。そんな母に「父が馬車引きをしていたので、馬車に乗せてもらえばよかったのに」と言ったら、意外な答えが返ってきました。「ケンジ神父、男には分からんかもしれんけど、馬車に乗ったらガタガタするとよ。そしたらお腹の子供が早く産まれるかもしれんけん、馬車には乗らなかった。自分のペースでゆっくりゆっくり歩き、疲れたら休むといった具合にね」と。そんな話を聞きながら、自分がどんなに大事にされて生まれてきたのかが分かり、感激しました。
 イエスが語る遺言は、「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」。イエスの思いと自分自身の思いとを重ね合わせると、今日のみことばは心に響いてきます。

喜びの中で…

〈主の昇天〉ルカ24・46~53

主の昇天(アンジェリコ).jpg 今日は主の昇天をお祝いしています。文字通り、イエスが天の昇られたことを記念するものですが、この出来事を通して弟子たちはどんな思いだったのでしょうか。今まで全てにおいてイエスと行動を共にし、難しい時、分からない時にはイエスに尋ねれば回答を得ることができました。しかし、イエスが昇天することによって、直接尋ねる相手がいなくなってしまいます。弟子たちにしてみれば、一抹の不安を感じたことでしょう。
 ところが、今日の箇所には不安どころか、次のように記されています。「彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」とあります。イエスとの別れの寂しさよりも、彼らは喜びに満たされています。
 なぜ彼らは「大喜び」したのか、不思議に思います。イエスとの仲が悪かったわけでもないのに…。ルカ福音書をよく読んでみると「喜び」についてのメッセージが数多く登場します。例えば、ザカリアの場面では「その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ」(1・14)とあります。マリアに対するイエスの誕生告知にあっては、「恵まれた者、喜びなさい。主はあなたとともにおられます」(1・28)と。また羊飼いがイエスを訪問した時、み使いが「わたしは、すべての民に及ぶ大きな喜びのおとずれをあなたがたに告げる」(マタイ2・10)と。他にも、見失った羊が見つかった時(ルカ15・7,10)にも喜びが記されています。これらのことから、ルカ福音書にとって、「喜び」は欠かすことのできない重要な言葉です。
 しかも、今日の箇所は単なる「喜び」ではなく、「大喜び」とあるように、普通の喜び以上の感情が示されています。主の昇天の直前にイエスは、「あなたがたはこれらのことの証人となる」と語ります。これは神の計画によるものの実現で、宣教者はイエスの宣教の道を歩み、彼の受難と復活をともにする証人となります。まさに苦しみと喜びを共にする。ここに弟子たちが喜ぶ意味が込められているのではないでしょうか。

聖霊の身近さ

〈聖霊降臨の主日〉ヨハネ14・15~16、23b~26

聖霊降臨の主日(ルルド).jpg 今日の第一朗読で、聖霊降臨の場面が示されています。そこには、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2・1~4)と記されています。聖霊がどのように降り、どのようにして恵みが降っていったのかが、とてもリアルに分かります。
それに対して、今日の福音は「聖霊降臨」とどのように関わっているのか少々難解に感じます。「父は別に弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」(ヨハ14・16)という内容からしても想像できるでしょう。「弁護者」にはいったいどんな意味が込められているのでしょうか。ギリシア語では「パラクレートス」が使われ、「弁護者」以外には、「助け主」「慰め主」「忠告者」などの意味があります。それは、私たちが困難な状況にある時、単に弁護するだけでなく、助け、慰め、忠告、アドバイスを与えてくれる方。「パラクレートス」は私たちにとって遠い存在ではなく、とても身近な存在として感じるのではないでしょうか。そんなことを念頭において、「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハ14・26)の言葉を味わうなら、「聖霊降臨」との関わりが明解なものになるのでしょう。
 ヨハネ福音書はとても神秘的な内容が込められていますが、一つひとつのことばをよく味わっていくと、私たちの生活にとても身近なものです。聖霊もまた、今日の福音から身近に感じるのではないでしょうか。

三位一体をめぐる分裂と一致

〈三位一体の主日〉ヨハネ16・12~15

三位一体の主日 聖パトリッ.jpg 聖書の中には「三位一体」という表現は登場しませんが、それを感じさせる表現はあります。今日の福音には「その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである」「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである」と語ることで、聖霊と御子イエス、御父と御子イエスとの関わりを理解できます。
 さて「三位一体」という表現を一体誰が、いつ頃から使うようになったのでしょうか。アンティオキアのテオフィロスが181年頃、「三つ」を表すものとしてギリシア語で「トリアス」という言葉を使いました。その後、225年頃に亡くなったテルトゥリアヌスが「三位一体」という言葉を使ったと言われます。この言葉が3世紀後半には一般的に使われるようになりました。
 やがて「三位一体」について異端が生じるようになります。アレキサンドリアのアリウス(256年~336年)という司祭は、神には三つのペルソナは存在せず、「御父」のペルソナだけと主張しました。御子は単なる被造物にすぎず、神ではないと。この異端に対抗したのが、アタナシウス(296年~373年)です。彼は御父、御子、聖霊は神であり、三つのペルソナであることを主張し、325年にニケア公会議が開催され、アリウスの意見は異端と宣告されました。その後、オリゲネスが「三位一体」の発展に貢献し、451年のカルケドン公会議で、この「三位一体」の教義が再確認されました。
 ところが、1054年に東方教会と西方教会とが分裂します。その原因は政治的なものもありましたが、三位一体の解釈をめぐっても意見を異にします。東方教会は「御父が御子を通して聖霊が発出する」と主張したのに対して、西方教会は「御父と御子によって聖霊が発出する」と主張しました。「三位一体」は一致の象徴でもあるのに、それが分裂の原因にもなったのも皮肉です。それから約千年たった2001年5月のこと。教皇ヨハネ・パウロ二世はギリシアを訪問し、ギリシア正教のクリスト・ドゥロス大主教を訪問し、一致と和解に努めました。長年、分かれていたものが一致へと歩んだ瞬間でした。
 日本の社会の中でも「三位一体」という表現が使われるようになりましたが、この機会に三位一体のほんとうの意味や、一致、和解の精神を考えてみたいものです。