山内堅治神父のみことばの響き
生きている者の神
〈年間第32主日〉ルカ20・27~38
イエスの時代、ユダヤ教の大きな派としてサドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派がありましたが、今日の福音に登場するのは、サドカイ派とファリサイ派です。同じ宗教ではあっても、両者の間には大きな対立がありました。例えば、律法をめぐって解釈が異なり、サドカイ派は書かれた律法、すなわちモーセ五書だけに権威を認めていたのに対し、ファリサイ派はモーセ五書以外に、細かい規定からなる口頭律法も認めていました。さらに使徒言行録にも記されているように、「サドカイ派は復活も天使も霊もないと言い、ファリサイ派はこのいずれも認めて」(使徒23・8)いました。
もともと、サドカイ派は「正しい」という意味を持ち、ソロモン王のもとで大祭司に任命されたシャドクに由来すると言われ、エルサレム神殿を中心に活動する祭司貴族階級に影響力を持ち、ローマ帝国を支持していたため、帝国から優遇されていました。それに対してファリサイ派は、ヘブライ語の「ペルーシーム」に由来し、「離れた者」の意味を持っています。律法遵守のために、無知、無関心な人とを分離し、律法に即して正しい生活を送る人々で、イエスの時代には6000人くらいいたと言われます。
さて復活を信じないサドカイ派の人々は、イエスに対して復活について尋ねます。すなわち7人の兄弟がいて、長男が妻を迎えたものの、子がないまま死に、次男、三男、さらに七男とこの女性を妻にしたが、子どもがなく、最後には妻も亡くなってしまった。このような結婚は、レビラート婚(申25・5~6)と言われ、イスラエルの名が絶えないことを防ぐためにもうけられたものでした。こうしたケースでの結婚であれば、死んだ後、誰の妻になるのか分からなくなるとサドカイ派のが質問するのも分かります。
イエスはその問いに的確に答えます。「この世の子らはめとったり嫁いだりするが、次の世に入って死者の中から復活するのにふさわしいとされた人々は、めとることも嫁ぐこともない」(ルカ20・36)。さらに旧約聖書を引用しながら、「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」と語ります。
旧約聖書を用いるイエスの説明に、復活を信じないサドカイ派の人々も文句のつけようがなかったのではないでしょうか。
神殿崩壊
〈年間第33主日〉ルカ21・5~19
ギリシアのアテネやコリント、シチリアのアグリジェントなどを旅すると、崩壊した神殿の跡を見ることができます。それが修復中のものもあれば、そのまま放置されているものもあります。かつてはこれらの地で栄華を極めたのだろうと想像できます。
エルサレムの中心にも神殿が築かれていました。紀元前10世紀にソロモン王が建設した第一神殿、紀元前515年頃にセルバベルによって再建された第二神殿、紀元前20年にヘロデ大王によって大拡張されたヘロデ神殿。ヘロデ大王が造った神殿はとてもすばらしいもので、ヨセフス・フラビウスの『ユダヤ古代誌』には、石を運ぶために千台の車、もっとも熟練した一万人の職人、白亜の大理石とあり、両側の回廊の大きさは前代未聞で、柱の総数は162本あったと言います。人々がこの神殿に見とれるのも分かるような気がします。しかし、イエスは「一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る」(ルカ21・6)ことを語ります。どんなに華麗な神殿でも、いつかは崩壊することの予告です。
事実、紀元70年、ユダヤ戦争においてこの神殿は崩壊していきました。現在、「嘆きの壁」と呼ばれている部分は、ヘロデ神殿を取り巻いていた外壁の西側の部分で、ユダヤ人は「西の壁」と呼んでいます。
イエスはさらに今日の箇所で大きな地震、飢饉、疫病、恐ろしい現象、裏切りなどについても語ります。紀元70年の神殿崩壊と共に、キリスト者に対する迫害を踏まえたメッセージです。それは多くの人が迫害におびえ、悩んだ時でもありました。そんな中でイエスは「忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい」(ルカ21・19)と語ります。
私たちに時代にも、信頼していたものが崩壊したり、種々の困難が振りかっています。そんな時こそ、忍耐を身につけたいものです。
十字架上のキリスト
〈王であるキリスト〉ルカ23・35~43
十字架とはどういうものだったのでしょうか。十字架は奴隷に課せられ、単に残酷な死であるばかりではなく、恥辱をも意味する極刑でした。「木にかけられた死体は、神に呪われたものだからである」(申21・23)とか、「ヨシュアはその後、彼らを打ち殺し、五本の木にかけ、夕方までさらしておいた」(ヨシ10・26)とあるように、旧約聖書において残酷さや不浄の意味を含んでいました。
十字架につけられたイエスはどうだったでしょうか。十字架の周りにいる人たちの反応、軽蔑的表現はそれをよく物語っています。まず議員たちは「あざ笑い」、兵士たちはイエスを「侮辱」し、十字架にかけられた犯罪人の一人はイエスを「ののしり」ます。原文で調べてみると、「あざ笑う」という言葉は「エクムクテリゾー」が使われ、「冷笑する」「鼻であしらう」といった意味、「侮辱する」は「エネバイゾー」が使われ、「あざ笑う」「笑いものにする」「冷やかす」、「ののしる」は、「ブラスフェメオー」が使われ、「(神・神聖なものに対して)不敬なことをいう」という意味が込められています。イエスが十字架上で受けた軽蔑的な言葉が耳に響いてきます。
多くの人々がイエスに対して侮辱的な言葉をかける中で、もう一人の犯罪人は違いました。「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と。十字架の周りにいる大多数はイエスを軽蔑していきますが、この犯罪人はイエスの姿の中に救い主を見ていきます。イエスは、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と。
これらのことを念頭において、パウロの言葉を味わうと興味深いものです。「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」(一コリ1・18)、「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています」(一コリ1・22~23)、「このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです」(ガラ6・14)。
イエスの十字架を仰ぎ見ながら、救いの道を見つめたいものです。
目を覚ます
〈待降節第1主日〉マタ24・37~44
今日から待降節に入ります。文字通り、「主の降誕」を待ち、準備する期間であるとともに、主の来臨を待つ時です。「目を覚ましていなさい」「あなたがたも用意していなさい」は、これらのことをよく示唆しています。
司祭になって二年目だったと思います。福岡で中学生志願者の係をしていた春休みのこと。志願者たちはそれぞれの郷里で休暇を過ごし、春休み中がたまたま聖週間と重なりました。修道院ではもう一人の神父が聖週間の典礼を司式することになり、私はフリーな立場。それではということで、聖週間を自分の郷里の西木場教会でのんびりと過ごすことにしました。聖木曜日のこと。ミサが始まり、福音の朗読。朗読奉仕を終え、自分の席に着こうとすると、主任司祭がツカツカと歩み寄り、「おい、何か話してくれよ」と。「エッ」と戸惑うと共に、みんなが興味津々見ている手前、引き下がる訳にもいかない。「聖体」について話をし、何とかしのぎました。
また松岡英治君という神学生がいました。私より二つ下の後輩で、シャキシャキした性格。ある日曜日のこと、彼は初めて自転車に乗って八王子市内の店へ買い物に行ったものの、修道院下の橋のところで自転車ごと3メートル下の川に転落。幸い指先を怪我しただけで済んだのですが、その翌日、指先の治療のため、50ccのバイクに乗って病院へ行きました。午後1時半ごろ、「気をつけて行ってこいよ」と言ったら「分かった」と。治療を終え、病院からの帰りだったのでしょうか、ある橋の所で大型トラックに巻き込まれ、救急車で病院に運ばれました。午後4時ごろ、病院から電話がかかり、瀕死の重傷とのこと。やがて八王子の病院から立川市内の大きな病院へ移送。輸血が必要だということで、同じ血液型の私も病院へ。輸血が終わり、松岡君の顔を見たら、目の周りが黒ずんでいました。危険な状態だなあと思いつつ、翌朝、20歳の生涯を終えました。あれほど元気だったのに、翌日には帰らぬ人となる。人の死はあっという間だなあと思うとともに、よい準備が頭をよぎりました。
「目を覚ましていなさい」「用意していなさい」。これらの言葉は、私たちが常日頃、心がけていなければならないメッセージとして響いてきます。
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