これって、どんな種?

井手口満修道士のこれって、どんな種?

人を癒すための種

〈年間第5主日〉マルコ1・29〜39

 
 よく耳や目にする中に【癒し】という言葉があります。たとえば、「癒しの音楽」「癒しの香り」「癒し風景」などと、このことは、現代の人がいかに【癒し】を求めているのかという現れではないでしょうか。
 きょうのみことばは、イエス様がペトロのしゅうとめの家で彼女を癒し、多くの人々を癒す箇所です。彼女の家は、現在教会が建てられていますがその床下には、十字軍時代、ビザンチン時代の教会跡が残っているという大変興味深い場所とも言えます。

名称未設定-1.jpg イエス様と弟子たちは、このペトロのしゅうとめの家に入ります。そこで、イエス様は、ペトロのしゅうとめが【熱を出して床についている】ということを知らされます。この【熱を出して床についている】ということばの中には、彼女がかなり危険な病状であることを表わしています。イエス様は、まず彼女のところに近づかれ、手をとって起き上がらせました。福音書の中でこのイエス様がとられた【手をとって起き上がらせた】という動作には、人々を癒すときの行為のようです。癒された彼女は、イエス様を始め弟子たちをもてなしました。彼女は、いつ亡くなってもおかしくない状態から、病気を癒されたことの喜びと感謝を、彼らをもてなすということで表わしたのではないでしょうか。

 いっぽう、町の人々は、夕方になり安息日が終わってから、イエス様のところへ病人や悪霊につかれた人たちを連れてきます。イエス様は、この人々を一人ひとり【手をとって】から癒されたことでしょう。癒された人々は、ペトロのしゅうとめと同様に感謝の気持ちで一杯だったのではないでしょうか。もちろん、当時も医者はいたでしょうが、医学的にどの程度ものものだったかは、定かではありません。また、別の箇所に「この女は多くの医者にかかって、かえってひどく苦しめられ、自分の持ち物をことごとく使い果たしたが、なんのかいもなく、病はひどくなるばかりであった」(マルコ5・26)とあるように、医者にかかるには、お金が必要ですし、診てもらっても必ず治るとは言えないようです。貧しい人たちは、医者に行くことが出来ず苦しんいたのでした。このような人々の姿を見て、彼らの苦しさをご存知であるイエス様は、何もせずにはいられなかったのでしょう。イエス様は、彼らすべてを癒されたのでした。

 どのくらい時間が経ったのでしょうか、イエス様は、人々を癒されたあと朝早く、まだ暗いうちに起きて、人里は慣れた所に出かけ、祈られます。この祈りの時間が、イエス様の宣教の源ですし、【宣教活動】と【祈り】とは切り離すことができないものなのです。このことは、私たちにも同じことが言えると思われます。たとえ、私たちが人を救い、社会に貢献するような活動をしたとしても、もし【祈り】の時間を忘れていたのでしたら果たして本当の福音宣教と言えるのでしょうか。イエス様は、私たちに祈りと活動の模範を示されておられるのではないでしょうか。私たちは、この箇所の中に黙想をするヒントを見つけることができると思います。

 イエス様は、ご自分を捜しに来た弟子たちに「いっしょに近くの村や町に行こう。わたしはそこでも福音を宣べ伝えなければならない。わたしは【このために出て来た】のである」と言われました。このみことばは、洗礼の恵みをいただいた私たちにも当てはまるのではないでしょうか。私たちは、イエス様がなされたように【祈り】、【このために出て来た】と言われたように福音宣教へと出かけてくという使命をいただいています。
 羽田空港にある海上保安庁の「特殊救難隊」の基地の中に「苦しい 疲れた もうやめたでは 人の命は救えない」という言葉が掲げられてあるそうです。この特殊救難隊は、海上におけるあらゆる事故や災害の中での人名救助のスペシャリストです。そのためには、日々厳しい訓練や技術が必要とされています。

 さて、私たちは、現代社会の中で、イエス様のように福音を宣べ伝え、そして人の霊魂を癒していくという使命をいただいています。この「苦しい 疲れた もうやめたでは 人の命は救えない」という言葉は、私たちが福音を宣べ伝える時に起こる困難に対して、励みになるのではないでしょうか。現代社会の中には、多くの【癒し】を求めている人がいます。私たちは、そのような彼らの中に入って行くためにもイエス様と共に祈り、それから福音を宣べ伝えるために出かけて行きたいものです。