井手口満修道士のこれって、どんな種?
聖霊とともに歩む種
〈聖霊降臨の主日〉ヨハネ15・26〜27、16・12〜15
私たちは、善いことする時、悪いことをする時に、心の中に「これはやった方がよい」「これはしない方がよい」という声を聞いたことはないでしょうか。普通私たちはそれを【良心の声】と呼んでいます。また、善悪という決断だけではなく、大事なことを決める時にも何か大きな力を感じることがあるのではないでしょうか。
今日は教会の暦の中で【聖霊降臨の主日】を祝っています。イエス様は、天に昇られた後、私たちに弁護者として【聖霊】をくださることをお約束なさいました。私たちは、この聖霊の働きによって福音を宣べ伝えることができ、また、悪への傾きから避けることもできます。聖霊は、イエス様が私たちに示された道をどのように歩いて行けば善いのか導き助けてくださるお方です。私たちは、聖霊の助けを借りてイエス様のことを証しする使命もいただいています。イエス様は、「この方がわたしについて証しをなさる。また、あなたたちも証しをするであろう」と言われています。私たちは、聖霊の導きに従ってイエス様を証しすることを使命としてイエス様からいただきました。
パウロは、「聖霊はすべてを、神の心の奥底さえも究めるのです。人間のことは、人間の内にある彼の霊のほかに、どんな人間が知っているでしょうか。同じように、神のことも、神の霊のほかだれも知りません。わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの『霊』です。それは、神かの恵みとしていただいたものをわたしたちが知るためです。この恵みについて語るのに、わたしたちは人間の知恵が教える言葉によらず、神の霊が教える言葉によって語り、神の霊に導かれて生きている人々に霊的なことを解き明かしています。」(1コリント2・10〜13)と、手紙の中で私たちの使命と聖霊の関係を伝えています。このパウロの手紙は、私たちがみことばを伝えるために、聖霊の働きが不可欠なこと、私たちが宣べ伝える相手にも同じ霊があると言うことを教えてくださっています。私たちは、このパウロのことばを黙想することによって、よりいっそうの福音宣教ができるのではないでしょうか。
私たちは、洗礼の恵みをいただいたときに、父と子と聖霊との深い関係をいただきました。そう、私たちの中でこの三位一体の神が働いておられるのです。そして、私たちは、これらの恵みを聖霊の導きによって人々に伝え、イエス様を証ししていかなければならないのです。イエス様は、「父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、その方もわたしのものを受け、あなたたちに告げ知らせてくださると、わたしは言ったのである。」と言われます。いま、私たちは、イエス様がおん父からいただいた恵みを、聖霊が受け、さらに私たちが受けたものをまた人々に伝えているのです。
聖霊は、私たちがイエス様のみことばを証しするときには、大忙しで働かれておられます。聖霊の働きは、川を流れている水と例えてもいいかもしれません。川の水は、一滴一滴の水滴から生まれ、小さな水の流れからだんだん大きく、早くなり海へと流れて行きます。その水は、田畑へ引かれ、ダムによってエネルギーとなり、また、私たちの生活に欠かせない生活用水ともなります。聖霊は、この水のようにおん父から流れ、おん子を通して、私たちに注がれさらに、私たちを通してまた別の人に流れて行きます。もし、この聖霊の流れが留まり、淀んでしまってはせっかくの、みことばもうまく伝えることができなくなります。私たちは、パウロが「わたしたちは「霊」の導きに従って、生きているとするならば、また、「霊」の導きに従って前進しましょう」(ガラテヤ5・25)と言われたように、これからの歩みを聖霊の導きを祈り求め、聖霊とともに進んで行きたいものです。
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