これって、どんな種?

井手口満修道士のこれって、どんな種?

永遠の救いへの種

〈年間第19主日〉ヨハネ6・41〜51

 
 皆さんも経験されたことがあるのではないでしょうか。家庭の中で何か大切なことを決定する時には、父親に決断を仰ぐというようなことです。たとえば、私たちが子どものころに、ちょっと大きな金額の物を購入する時には父親かもしくは母親に相談し、最終的には父親の許可を求めたのではないでしょうか。家庭の中で、父親は中心的な位置を持っていると言ってもいいでしょう。

 みことばの中でもおん父は、私たちの【救い】のために大切なお方と言ってもいいでしょう。さて、きょうのみことばは、イエス様が人びとの【救い】を私たちに伝えているのではないでしょうか。イエス様は、みことばを通して、人びとが救われるためにどのようにすれば良いのかということを伝えておられます。イエス様は、まず「わたしが天から降って来たパンである」と人々に言われます。それに対して人々は、イエス様の両親も兄弟も自分達が知っているのにどうして「わたしは天から降って来た」などと言うのかとぶつぶつ不平を言います。そんな彼らに対してイエス様は、不平を言うのは止めなさいと言われ「わたしを遣わされた父が、引き寄せてくださらなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない。わたしは終わりの日にその人を復活させる。」と言われます。イエス様は、私たちがおん父から遣わされなければいけないと言うことを伝えられます。このことが最初の【救い】への一歩のようです。

 次に、イエス様は、「よくよくあなたたちに言っておく。信じる者には永遠の命がある。」と言われます。イエス様は、私たちがイエス様を【信じる】ことによって永遠の命をお約束されます。ここで二つ目の【救い】への道が出てきました。ある方から「永遠とは、今の状態が果てしなく続くこと」というようなことを聞いたことがあります。もし、私たちがいつもイエス様を信じているのでしたら、きっとその状態が永遠に続いているということになります。

 さらに、イエス様は、「これは天から降って来たパンであり、これを食べる者は死ぬことがない。わたしは天から降って来た、(生きるパン)である。このパンを食べる人は永遠に生きる。」と言われます。私たちは、イエス様ご自身であるパン、聖体を食べること、また、みことばをかみしめることでますますイエス様を信じ、イエス様との絆を深めることで永遠の命、【救い】への道を歩むことができるのではないでしょうか。

 私たちは、おん父からイエス様のもとへ引き寄せられ、洗礼の恵みを受けることによってイエス様を信じ、聖体を頂くことによってイエス様との関係を深めて行くことによって永遠の【救い】へと向かっているのではないでしょうか。イエス様は、「わたしを愛する者は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛し、わたし自身をその人に見せる」(ヨハネ14・21)と私たちにお約束されています。イエス様とおん父の関係は、愛と信頼のうちに繋がっています。イエス様は、その愛の関係の中に私たちが入ることを望んでおられるのです。このこととそが私たちにとって、永遠の【救い】ということではないでしょうか。

 私たちは、この関係の中にいつもいるようにしたいものです。きょうのみことばの一節一節をゆっくりと黙想しながら、私たちの心に語られるイエス様の声に耳を傾けてみましょう。きっと、イエス様は、私たちに必要なみことばをくださることでしょう。