水がめに水を汲み入れるという種 - これって、どんな種?

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井手口満修道士のこれって、どんな種?

水がめに水を汲み入れるという種

〈年間第2主日〉ヨハネ2・1〜12


 イスラエルの北側にイエス様が活動された、ガリラヤ湖があります。その中でカファルナウムという町は、当時とても交通の便もよく、大変開かれた町でした。そこから、西の方へ直線で30キロほど行った所にきょうのみことばの舞台である、カナという町があります。そこからさらに10キロほど下った所がナザレという町です。カナは、峠のような所でガリラヤ湖から上って行き、カナからナザレに下るという地形になっています。きょうのみことばの中にも、「イエスは、母、兄弟、弟子たちと共に、カファルナウムに下って行き」とあります。

名称未設定-1.jpg 今はこのカナには、フランシスコ会とギリシア正教会の二つの教会があります。教会の祭壇には、イエス様が水瓶の中の水をぶどう酒に変えたという、6つの瓶が置いてあります。また、カナの婚礼の記念として結婚証明書を発行していて、その教会で結婚式を行なわなくてもいただけるそうです。さらに、教会の近くのおみやげやさんには、「カナの婚礼のワイン」が売られています。

 さて、きょうのみことばは、イエス様が水をぶどう酒に変えるという最初に【しるし】を行なった場面です。イエス様とマリア様、そして他の弟子たちは、カナで行なわれた婚礼の席に招かれていました。その中で、用意していたぶどう酒がなくなったのでしょう。マリア様は、その家の給仕たちが慌てているのに気がつかれ、イエス様に「ぶどう酒がありません」と言われます。イエス様は、マリア様に「婦人よ、このことについて、わたしとあなたとは考えが違います。わたしの時はまだ来ていません」と言われます。それでも、マリア様は、給仕たちに「何でもこの人の言うとおりにしなさい」と言われます。

 マリア様は、せっかくの婚礼の宴でぶどう酒がなくなってしまうことを気の毒に思われました。本当は、招かれた客ですから、そのようなことに気を配る必要はありませんでした、しかし、そこは女性です。いてもたってもいられなかったのでしょう。それで、イエス様に、「ぶどう酒がありません」といわれます。しかし、イエス様は、それに対して「【婦人よ】」というお答えでした。一見、冷たい返事と思われますが、これは、イエス様とマリア様が【母】と【子】としての関係から、神の子と人としての関係となり、また、マリア様の女性としての気配りに尊敬の気持ちを表されたと言われています。この箇所の他でもイエス様は、十字架上でなくなられる時に【婦人よ】(ヨハネ19・26)ということばでマリア様のことを呼ばれています。

 さらに、イエス様は、「このことについて、わたしとあなたとは考えが違います。わたしの時はまだ来ていません。」とマリア様に言われます。マリア様はぶどう酒がなくなって困っている給仕たちになんとかしてあげたいと、気をもまれていました。それに対して、イエス様は、マリア様の人としての優しさだけではなく、それ以上にすばらしい、【おん父のみ業、み旨】が行なわれる、ということをここで言われているのではないでしょうか。本当のおん父のみ業は、イエス様の十字架上での死と復活によって、私たちを救うことでした。そのため、イエス様は、「わたしの時はまだ来ていません。」とお答えになられたのでしょう。

 それでも、マリア様は給仕たちに「何でもこの人の言うとおりにしてください」と言われました。みことばは、「そこにはユダヤ人の清めの式に用いる石の水がめが、6つ置いてあった」とあります。聖書の中では、7つという語には、【完全】という意味を持たせています。しかし、ここには【6つ】しか、水がめがありませんでした。たぶん、7つ目の水がめはイエス様ご自身が救いの完成をされるという象徴的な言葉ではないかと思われます。給仕たちは、イエス様が言われたとおりそれらの水がめに、水を一杯にして世話役のところに持って行きました。世話役は、水がめに入ったぶどう酒を味わってこのぶどう酒をほめます。

 さて、きょうのみことばの中には、イエス様の奇跡物語だけではなく、おん父がイエス様を通してなされる【救いのみ業】を示されるキーワードが隠されています。さらに、マリア様が給仕に言われた「何でもこの人の言うとおりにしてください」ということばは、私たちに【信仰】という勇気をくださるような気がいたします。私たちが歩む中で、経済的な面、能力的な面、物理的な面など様々な壁が起こってきます。私たちは、それらの壁に対して「このことを行なうのは無理だ」と決めつけ、諦めてしまう傾きがあります。そのような時に、マリア様は私たちに「何でもこの人の言うとおりにしてください」と言われるのではないでしょうか。私たちは、まず、イエス様の声に耳を傾けたいものです。イエス様は、私たちに「水がめに、水をいっぱい入れなさい」と言われるのではないでしょうか。私たちは、このイエス様の声に従って「水を【いっぱい】入れて」いくだでいいのではないでしょうか。きょうのみことばから、イエス様の声に耳を傾け、その声に従うという【信仰】のお恵みを祈り願いたいものです。