一緒にいてくださる方という種 - これって、どんな種?

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井手口満修道士のこれって、どんな種?

一緒にいてくださる方という種

〈聖霊降臨の主日〉ヨハネ14・15〜16、23b〜26


 愛している人とはいつまでも一緒にいたい、という気持ちは万国共通の思いではないでしょうか。人は、それぞれ支え合って生きているもので、一人では生きて行くことができません。それは、霊的な意味でも同じことが言えるのではないでしょうか。たびたび、私たちは「お祈りをしているからね」、「私のためにもお祈りをしてください」とか「○○さんのために祈ってください」などと、お互いに祈りのお願いをすることがあります。このように、私たちは、祈りをお願いすることで平安な気持ちになりますし、その人のために祈りをすることで相手との【祈り】を通してのつながりが生まれてきます。

 きょうの典礼は、聖霊降臨の主日です。イエス様はルカ福音の中で、「わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたたちに送る。だから、あなたたちは、この天よりの力に包まれるまでは、都に留まっていなさい」(ルカ24・49)というように聖霊をお約束されました。また、きょうのみことばの箇所では、最後の晩餐の中でイエス様が弟子たちに、聖霊をおん父に願って遣わしてくださることをお約束されています。

 みことばでイエス様は、まず、「あなたがたがわたしを愛しているなら、わたしの掟を守る。」というように、私たちの意志を尊重され、私たちがイエス様を愛していることを確認されています。イエス様の掟は、「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたたちを愛したように、互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13・34)ということです。このイエス様の【新しい掟】は、「わたしがあなたたちを愛したように」という箇所が、大切なポイントとなるのではないでしょうか。私たちは、どうしても「自分を中心に人を愛してしまう」という傾向があるように思えます。イエス様は、十字架上での死と復活をとおして、私たちに愛を示されました。

 イエス様は、みことばの中で「あなたたちがわたしを愛しているなら、わたしの掟を守る」と言われます。私たちは、洗礼のお恵みをいただいて、イエス様を愛することを約束しました。しかし、このことは、人間的な力だけでは、困難を伴ってしまいます。イエス様は、このことをご存知だったのです。そのために、イエス様は、「わたしも父にお願いしよう。そうすれば、別の弁護者を遣わして、いつまでもあなたたちと一緒にいるようにしてくださる。」と言われます。イエス様は、私たちが【新しい掟】を守ることができるように、おん父にお願いして【聖霊】を遣わしてくださった、と言ってもいいのかもしれません。

 イエス様は、みことばの中で「……、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊、その方がすべてのことをあなたたちに教え、わたしが言ったことをすべて思い出させてくださる」と言われています。この【弁護者】という意味の中は、「慰めを与える者、教えを与えるもの、助け主、励ます者、力を与える者」というような意味があるようです。イエス様は、いつまでも愛する弟子たちの側にいてやりたいと思っておられたのです。そのため、イエス様は、ご自分が弟子たちに伝えたことを教え、思い出させるために聖霊を遣わしてくださるようにおん父にお願いされたのでした。

 聖霊は、弟子たちの弁護者となったように、今も教会の中で、また、私たち一人ひとりの中で弁護者として働いておられます。さらに、みことばは、聖霊だけではなく「わたしの父はその人をお愛しになり、わたしたちはその人のところに行き、そこに住む」とあるように、私たちの中に【三位一体の神】がおられるということを示してくださっています。私たちは、このみことばに信頼して歩んでゆきたいものです。イエス様は、ご自分が愛する人の所にいつも一緒にいてくださっています。私たちが困難に遭う時、イエス様は聖霊とともに私たちを導いてくださいます。私たちが悲しむ時、イエス様は聖霊とともに私たちを慰めてくださいます。イエス様は、私たちにお与えになった【新しい掟】をご自身が、手本となって私たちに示してくださっておられます。私たちは、このことを感謝しながら、また、聖霊の助けを祈り、願いながら歩いて行きたいものです。