よもやまメール箱

マンゴーボーイ

赤波江謙一神父のよもやまメール箱


 私の目の前に、フィリッピン産の「Dried Mangoes」と書かれた小さな袋があります。シンガポールに行った友人がお土産に買ってきてくれた干しマンゴーです。オレンジ色の果肉を少し小さめにスライスして干したものです。干し柿を作るようにして作られたのかなと思うのですが、口に入れて噛むと広がるほのかな香り、つるつるした食感、甘酸っぱい味は、20年以上も前に訪れた南国フィリッピンを懐かしく思い出させてくれます。私はマンゴーが大好きです。フィリッピンに行った時に初めて食べたマンゴーのおいしさに驚いたことを今でも覚えています。フィリッピンにいた1年の間、機会があるたびにその味を楽しみ、すっかりそのとりこになってしまいました。干しマンゴーもおいしいのですが、やっぱり木で熟れたマンゴーにはかないません。

mangoes.jpg ところで、友人がお土産に干しマンゴーを買ってきてくれたのは、私がマンゴーが好きだと知っていたから、というわけではないのです。彼は私のことを「マンゴーボーイ」とふざけて呼んだりすることがあるのですが、それは私が折に触れて、マンゴーについてのある寓話をよくするからなのです。その寓話は、私がある一人の青年から聞いたものなのですが、いつのまにか私の専売特許みたいになってしまっています。ある小さな集いで青年から聞いたマンゴーの話というのは次のようなものです。

 南の国のある小さな町で、一人の少年が手押し車にマンゴーを満載して炎天下の道路で声を張り上げながら売り歩いていました。

 「マンゴー、マンゴー、安くて甘いマンゴーだよ。マンゴー、マンゴー、いかがですか!!!」

 少年は朝から売り歩いているのですが、道行く人々は、チラッと一瞥をくれるだけで、だれもマンゴーのそばに寄って来ようともしません。とうとう夕方になってしまい、その日一日、全然売れなかったマンゴーを恨めしそうに眺めながら、少年は道端に座り込んでしまいました。のどは渇くし、お腹は空くし、疲れ果てた少年は、つい自分の売り物のマンゴーを一つ手に取り、ナイフで切ってかじってみました。そして自分でびっくりしてしまいました。“おいしいよ”と言いながら売っていたマンゴーは、それはそれは本当に甘くておいしかったのです。少年は夢中になってそのマンゴーにかぶりついていました。

 ところが、少年が夢中になってマンゴーを食べているその様子を見て、一人の紳士が近寄ってきて少年に尋ねました。

  「そんなにうまいのか、そのマンゴーは?」

 少年はマンゴーの果汁で黄色くなった自分の口のまわりを拭いながらぶっきらぼうに答えました。

  「ああ……」

 紳士は少年に、「じゃあ、5,6個もらおうか」と言って買っていきました。それを見ていたほかの人が「私にも」「俺にも」と次々に買って行き、マンゴーはまたたくまに売れてしまいました、とさ。

 アメリカの宣教師が何かに書いていたのを読んだ、と言った青年がこの話をしたとき、たぶん、自分がとてもマンゴーが好きだから強く印象に残ったと思うのですが、即座に「あ、いい話だ、これは使える!」と思ったのでした。まず最初に思い浮かんだのは、マタイ福音書の山上の垂訓で「祈るときは」という個所の、「祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れてもらえると思いこんでいる。彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ」(5・7〜8)というみことばでした。祈りについてもさることながら、マンゴー売りの少年が声を張り上げても全然売れなかったその姿に、まるで「マンゴー、マンゴー!」と声を張り上げるかのように、説教壇で聖書を振りかざしながら声をからして、言葉数ばかり多い説教をしている自分の姿をだぶらせました。同時に、「地の塩、世の光」の中の、「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」(5・16)を思い出し、そんなに声を張り上げなくても、マンゴーを食べている姿、すなわち「みことば」に生きている姿を見せれば、それだけで十分だと思ったのです。自分はまだマンゴーを売っている少年の段階だなあ、いつになったらマンゴーを食べている少年の域に達するのかなあ、と思いますね。

 で、折に触れてこの話をするのですが、肝心な説教はどうなの分かりませんが、たいていの人が、「良かったですよ、あのマンゴーの話」という感想を述べてくださいます。やっぱり説教よりマンゴーだなあ、と思います。そんな感想が嬉しいのか、恥ずかしいのか、自分でもよく分かりません。

 干したマンゴーでも結構いけるし、とりあえずこれを食って、今日は頑張ろう。