夢のような話 - よもやまメール箱 - サンパウロホームページ

夢のような話

赤波江謙一神父のよもやまメール箱


 学校の先生をしていたある年輩の方の話です。師を慕って訪ねてくる多くの教え子の、顔も名前も思い出せないときに使う奥の手があって、まず「あ、君の名前、何だったかな?」とたずねるのだそうです。聞かれた人は、覚えていてもらえなかったと思いながらも、「先生、山田です」と言うと、「姓は分かってるよ。名前のほうだよ」と先生は笑いながら再度たずねるのだそうです。そう言われた本人は、やっぱり覚えていてくれたと思ってか、先生の手口に気づいてかは分かりませんが、うれしそうに名前を名乗るのだそうです。かつて本当に親しくしていた間柄ならではの、先生の奥の手であって、だれにでも使える手ではないと思うのですが、いい話だなと思いました。

 昔、挨拶された人のことを記憶していなかったのを詫びて、父親が「どうも、目角がなくて」と言っていたのを思い出します。広辞苑によれば、「目角」というのは「鋭く物を見る目つき」で、「目角が強い」というのは、よく見覚えていること、だそうです。ですから「目角がない」というのは、人の顔を覚えるのが苦手、ということになるのでしょう。私自身はこの言葉を使ったことはありませんが、一度お会いしたくらいでは、なかなか人のお顔が覚えられなくて、「目角がない」のは父親ゆずりだなとあきらめています。

 思い出せないものと言えば、目が覚めたときに、さっき見ていた夢をどうしても思い出せないということもあります。記憶力の問題ではなくて、眠りが浅い明け方の夢ははっきり覚えていることが多いようですが、眠りが深い深夜に見た夢は思い出せないようです。見た夢を思い出す必要はないのですが、これから見る夢を忘れてはならないでしょうね。

 12月3日に9歳のお誕生日を迎えた乃笑(のえみ)ちゃんにあげた5枚つづりのバースデー・カードの表紙に、「忘れてはいけないこと」とあり、1ページごとに 感謝の心、ありがとうの言葉、夢見ること、努力すること、優しい心、素敵な笑顔、愛すること、赦すこと、そして……あなたのお誕生日、ハッピー バースデー、とありました。年末になると、多くの人が「ドリーム ジャンボ宝くじ」にそれこそ「夢」を託しますし、年が明けると「初夢」に1年の幸運を願うのではないでしょうか。

 新約聖書にも夢の話が出てきます。

「このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。『ダビデの子ヨセフ、恐れず妻、マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。』(略)ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ〔た〕。」(マタイ1・20〜21、24)

「占星術の学者たちは………『ヘロデのところへ帰るな』と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」(同2・12)

「占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。『起きて子供とその母親を連れてエジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデがこの子を探し出して殺そうとしている。』ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。」(同2・13〜15)

「ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」そこでヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。しかし、アルケラオが父へロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレと言う町に行って住んだ。」(同2・19〜23)

 ご承知のようにこれらの個所は、すべてイエス様のご誕生に関する記事ですが、どうしてこんなにも大事なことがすべて夢の中で告げられるのでしょうか。また夢の中で聞いたことを、目が覚めて迷うことなく現実に移すヨセフや占星術の学者たちの行動をどのようにとらえたらよいのでしょうか。確かに彼らの信仰はそれほど強かったと感嘆させられます。しかし、ただ感嘆するだけでなく、彼らを通して神様が私たちに送られるメッセージはないのでしょうか。

 自分の将来に夢を持つことは大切です。でも、それよりももっと大切なことは、過ぎ去った出来事をまるで夢でも見たかのように忘れ去ってしまうのではなく、思い出して感謝の思いを行動に移すということです。特定の人に、手紙、電話、品物などを差し上げる感謝だけでなく、過去をじっくりと振り返り、その中で語られた神の声を思いて出して感謝し、その思いを行動に移すことです。明け方の夢を思い出してもあまり意味はありませんが、過ぎた出来事というのは、もしかしたら、神からのお告げなのかもしれません。

 目角がないのは遺伝とあきらめていますが、自分の過去を夢のように忘れてしまわないで、感謝の心で振り返り、大切にしながら新しい年に向かいたいと思っています。

 皆様、よい年をお迎えください!