1981年
2月23日〜26日、教皇ヨハネ・パウロ2世が来日した。中央出版社に教皇の写真を掲げたり、教皇に関するコーナーを設けたり、『家庭の友』誌に教皇に関する記事を掲載した。
3月、セント・ポール・オーディオ・ビジュアルでは『教皇ヨハネ・パウロ二世とともに』と題するビデオを制作、発売した。
3月25日、塚本修治修道士、洗川修一修道士らが終生誓願を、また鶴田正広修道士、徳田隆仁修道士らが初誓願を宣立した。
4月22日〜28日、マザー・テレサが来日した。
4月27日、中央協議会広報委員長の糸永司教の要請に答えて、夫津木昇神父を広報委員会に派遣することにした。
5月13日、教皇ヨハネ・パウロ2世が聖ペトロ広場で狙撃された。
9月27日、カルロ・ボアノ神父の司祭叙階50周年にあたり、八王子修学院で記念ミサと祝賀会を行った。
11月26日、創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父の10年忌にあたり、「パウロ家族の集い」を聖パウロ女子修道会東京修道院で行い、3会の代表9名が「私の中のプリモ・マエストロ」と題して、創立者についての感想を語った。
12月10日、八王子修学院の院長に塚本孝夫神父、福岡修道院の院長に百村等神父が任命された。
12月19日、総長ペリーノ神父は、総顧問のチョコレッタ修道士とともに日本管区を訪問した。翌年の1月19日に帰国。

1982年
3月11日、中央出版社社長グイド・パガニーニ神父が健康上の理由で辞任し、副社長の牧山忠治修道士が社長に就任した。
4月24日、前年の秋から聖母病院に入院していた山野忠次郎修道士が帰天した。63歳。27日にイグナチオ教会で葬儀ミサが行われた。
6月19日、創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父の列福・列聖調査が開始された。
7月7日、聖パウロ修道会と聖パウロ女子修道会からなる「合同出版研究グループ」が報告書を提出し、この資料を全会員に配布して会員からの意見を聴取した。
9月13日、アルド・ヴァラルド神父はイタリア大使館でボリス・ビアンケーレ大使を通じてイタリア大統領よりの「騎士勲章」を受けた。
11月6日、若葉修道院の院長に永富久雄神父が就任。同日、八王子修学院において萱場叶人神父、前田俊郎神父、池田敏雄神父の司祭叙階25周年の記念ミサと祝賀会が行われた。
12月23日、教皇ヨハネ・パウロ2世は、来年の3月25日から1984年の復活祭までの13か月間を「贖いと和解の特別聖年」と定めることを宣言した。
12月30日、ジラウド副総長とミレラ修道士が、韓国での視察を終えて来日し、日本管区の検証訪問のため翌年の1月中旬まで滞在した。

1983年
2月2日、日本で19年間働いたアンジェロ・ザッパロルト神父がシチリアで帰天。68歳。追悼ミサが2月11日に聖パウロ女子修道会の聖堂で行われた。
3月18日、八王子修学院で2名が修練に入った。
3月19日、山口道晴神学生が終生誓願を宣立し、金修道士らが初誓願を宣立した。
4月4日〜29日、アルバの聖パウロ修道会母院で中間総会が開催され、日本からは桑島管区長が参加した。
4月10日、八王子・戸吹修道院でパウロ家族の集いが行われ、創立者生誕100年祭を開始した。1983年4月から1984年4月までは「創立者を知る年」、1984年4月から1985年4月までを「創立者を知らせる年」とした。
8月24日、中央出版社営業部長の立石幸雄神父は映画『この子を残して』のフィルムを携え、木下恵介監督らと共にローマを訪れ、聖ペトロ広場で教皇ヨハネ・パウロ2世に拝謁し、同フィルムを贈呈した。このフィルムは1982年に映画化されたもの。
9月、出張宣教が軌道に乗り始めた。特に元田勝博修道士と阿部光一修道士が意欲的に活動した。
9月23日、グイド・パガニーニ神父は司祭叙階50周年を迎え、イグナチオ教会で記念ミサをささげた。
10月、活版組版部門(鋳造・文選・組版)を廃止し、オフセット一本化に向けて踏み出した。1984年の春までには、写植部が強化され、ワープロ導入も検討された。
10月15日、「Mi protendo in Avanti」という霊性に関する会報が発行された。巻頭言の中で「この会報では、霊性、養成、使徒職などに関する事柄を取り上げ」と記されている。
10月26日〜28日、修練者・ポストランテのパウロ家族合同研修会が聖パウロ女子修道会東京修道院で行われた。指導はヴァラルド神父。
11月3日、志願者たちの作文発表会が八王子修学院で行われた。
11月20日、ローマ総本部から副総長のジラウド神父と総顧問のミレラ修道士が公式訪問のために来日。

1984年
1月25日、桑島管区長が再任された。その後、2月5日から25日まで第4回管区総会が八王子修学院で開催された。副管区長に立石幸雄神父、管区顧問に谷口不二男神父、内野進修道士、山内重夫修道士が任命された。管区秘書・管区会計は中村末男修道士。また中央出版社の社長に牧山忠治修道士が任命された。
3月7日〜13日、有期誓願者と修練者の黙想会が八王子修学院で行われた。黙想指導はパガニーニ神父。
3月11日〜17日、不二聖心の黙想の家で有期誓願者のための年の黙想会が行われた。黙想指導はヴァラルド神父。
3月19日、八王子修学院で井手口満が初誓願を、阿部光一修道士、戸村修神学生、山内堅治神学生らが終生誓願を宣立した。
4月4日、聖パウロ学園の校長に、前田俊郎神父が任命された。
4月25日、東京カテドラルで創立者生誕100周年記念式典が行われ、同時に山口道晴助祭の司祭叙階、戸村神学生と山内神学生の助祭叙階式が行われた。司式は白柳誠一大司教。この式典には教皇庁大使のカルー大司教、福岡の平田三郎司教も参列した。
4月26日、聖パウロ学園の舎監および学園付指導司祭の赤波江謙一神父は研学のため約1年の予定でイタリアに派遣された。
5月21日〜25日、日野のメルセス会黙想の家で「創立者のカリスマを探る」をテーマに、パウロ家族の霊性委員たちが研修会を行った。
5月27日〜6月3日、不二聖心の黙想の家で年の黙想会が行われた。黙想指導はヴァラルド神父。
6月17日、創立者生誕100年祭の記念ミサが北浜カトリック・センターで行われ、大阪教区長の安田久雄大司教が司式した。
6月25日、創立者生誕100年の記念ミサが聖パウロ修道会福岡修道院の体育館で行われ、福岡教区長の平田三郎司教が司式した。
6月30日、バチカン大使のカルー大司教とモンシニョールは若葉修道院を訪問し、翌日には八王子修学院を訪問した。
7月5日、中央協議会の広報委員会の理事会で、夫津木昇神父はカトリック新聞の理事と中央協議会の広報部長を兼任することとなった。
7月20日、パウロ家族の召命・養成担当者会議が聖パウロ女子修道会東京修道院で行われた。
7月29日〜8月5日、八王子修学院で年の黙想が行われた。
9月8日、山口輝男神父はアリッチャでの霊性会議(9月16日〜27日)、召命会議(10月7日〜13日)に出席のため日本を出発した。
9月15日、聖パウロ修道会アルバ修道院の「ファミリア・クリスチアーナ」誌の印刷所で働いているミコチ修道士とスカピン修道士が日本の印刷機を見学するために来日し、24日に帰国した。
9月24日、聖パウロ学園で金井郁夫氏(八王子自然友の会会長)が「恩方地区の生物」と題して講演した。
9月26日、福岡修道院で合同出版についての報告会が行われた。報告者は立石幸雄神父。
10月6日〜12日、不二聖心の黙想の家で年の黙想会が行われた。黙想指導はボアノ神父。
11月4日〜10日、不二聖心の黙想の家で年の黙想会が行われた。黙想指導はヴァラルド神父。
11月18日〜12月3日、総長レナート・ペリーノ神父と総顧問のチェザロ神父が来日50周年記念のために来日。また日本で活躍されたベルテロ神父、キエザ神父、カステロット神父、チリオ神父、韓国からマンフレディ神父、インドからマウロ神父も来日した。
11月23日、来日50周年記念式典と戸村修助祭、山内堅治助祭の司祭叙階式がイグナチオ教会で行われた。司式は東京教区の白柳誠一大司教。
11月23日、日本における聖パウロ協力者会東京地区が発足した。また12月2日には九州地区でも発足した。
12月2日、福岡修道院で来日50周年記念式典が行われた。司式は福岡教区の山田神父(司教総代理)。
12月6日、来日50周年のためにキエザ神父よりプレゼントされた聖パウロの像と十字架が八王子修学院に搬入された。
12月9日、教皇ヨハネ・パウロ2世は、ローマにある「使徒の女王聖マリア」小教区を訪問し、同時に地下聖堂にある創立者の墓前で祈った。


1985年
1月、八王子修学院の院長として山口輝男神父、福岡修道院の院長として百村等神父が就任した。
1月4日〜8日、有期誓願者のためにパウロ家族合同研修会が聖パウロ女子修道会東京修道院で行われた。指導はヴァラルド神父。
2月23日、森一弘神父が東京教区の補佐司教に叙階され、会員たちも多数、この叙階式に参加した。
3月14日〜26日、ローマでUCIP(カトリック出版連盟)の国際会議が開催され、谷口不二男神父が出席した。
3月19日、鶴田正広修道士と阿部真理修道士らが八王子修学院で終生誓願を宣立した。
5月5日、創立者生誕百周年記念の閉祭式が八王子修学院で行われた。
5月5日〜7日、八王子修学院でパウロ家族の霊性委員たちによる研修会が行われた。講師は昨秋、ローマで行われた「道・真理・生命であるキリスト」に関する霊性セミナーに参加した山口輝男神父。
5月9日、ティモテオ・ジャッカルド神父が「尊者」として公認された。
5月16日〜23日、不二聖心の黙想の家で年の黙想会が行われた。黙想指導はレデンプトール会のルメー神父。
6月2日、星共社との野球の試合が八王子修学院で行われた。勝敗の行方はノーコメント。
6月10日〜18日、不二聖心の黙想の家でパウロ家族合同の年の黙想会が初めて行われた。黙想指導はヴァラルド神父。テーマは、「ご聖体」。とても好評であった。
6月23日、八王子修学院で調布のサレジオ会とのサッカーの親善試合が行われた。勝敗の行方はこれもノーコメント。
7月21日〜23日、福岡修道院で召命練成会が行われた。
8月4日〜11日、日野の黙想の家で年の黙想会が行われた。
8月10日、韓国からジェローム沈が修練のために来日。
8月29日、八王子修学院の印刷所にワープロ2台が入った。ちなみにこの当時、一台で108万円という値段。
9月15日〜16日、八王子修学院で東京教区の澤田和夫神父を招いて教会の祈りの指導をしていただいた。
9月23日、聖パウロ学園で講演会が行われた。講師は鄭仁和氏、演題は「世界を知ること」。
10月6日〜13日、鎌倉の十二所のイエズス会黙想の家で年の黙想会が行われた。黙想指導はヴァラルド神父。
10月21日〜25日、八王子修学院で管区総会が開催され、来年の修道会総会の出席者を選出した。選挙の結果、山口輝男神父と牧山修道士が選ばれた。
11月、主日の説教がシリーズでテープ化されることになった。お話は森一弘司教、主日の答唱詩編は師イエズス修道女会のシスター方。
11月9日〜10日、「国際青年年」の行事として「福岡青年大会」が開催され、主会場は福岡司教館と福岡修道院の体育館で行われた。
11月20日、若葉修道院の院長として永谷計神父が就任した。
11月24日、聖書研究のため、イタリアへ6年間留学していた鈴木信一神父が帰国した。(前日、友人が空港へ迎えに行ったが見事に空振り。24日の夕方、単身で若葉修道院に到着。奇々怪々)。
12月1日、日曜日の福音書についてのお話が聞けるテレフォンサービスがスタートした。お話は森一弘司教。
12月21日、恩方老人ホームでのクリスマス会に修練者と有期誓願者が参加し、合唱や演奏、スライドを披露した。
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