聖パウロのように - 聖パウロ修道会来日75周年

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聖パウロのように—来日75周年を迎えて—

聖パウロ修道会管区長 山内堅治


Yamauchi Kenji DG Kao.JPG 聖パウロ修道会が創立されたのは1914年8月20日であるが、それから20年経った1934年12月9日、二人のイタリア人、マルチェリーノ神父とベルテロ神父が神戸港に到着した。翌日には東京に到着している。

 二人は未知の世界の東洋に、しかも宣教許可状なしに日本へやってきているので、かなり苦労するとともに、大胆でもあった。一つのエピソードとして、二人は日本での宣教許可を求めるために東京大司教館へ赴いた。種々の事情を説明した後、シャンボン大司教から「許可状がないならすぐにイタリアへ帰りなさい」と。ところが彼らは「創立者のアルベリオーネ神父からは片道の切符しかもらっていません。帰るにもお金もないし、ましてや切符代もありません。帰るためのお金をいただけないでしょうか」と願い出たとのこと。ズーズーしいと言えばズーズーしいが、大胆と言えば大胆。やがて同情されたシャンボン大司教は、彼らに十条教会を任せることにした。彼らにとってはどんなにほっとしたことだろう。

 先日、十条あたりに行く機会があった。駅に降り立ち、街を見ながら、かつて二人の宣教師が何もない状況でこの街から始めていったのかと思うと、彼らの勇気と大胆さに感嘆せざるを得なかった。それは聖パウロの生きた姿がそのまま日本の地でよみがえってくるようでもあった。

 その当時からすると、今はどうだろうか。志願者、修練者、有期誓願者がいない。使徒職の分野での種々の苦労。現実には数多くの課題が降りかかっている。「この日本でどうやったらみことばが浸透していくのだろうか?」「いったい何ができるのか?」と。それを思うと、二人の宣教師の勇気や大胆さは、私たちにヒントを与えてくれる。

 こうした悩みは聖パウロも、創立者アルベリオーネも考えたことかもしれない。時代、場所は違っていても不足や苦労があるのではないだろうか。聖パウロのことばが思い出される。

 「弱さがあっても、虐待されても、災難に遭っても、迫害や行きづまりに出会っても、わたしはキリストのためならそれでいいと思っています。わたしは、弱っているときこそ、強いからです」(二コリ12・10)。