生涯と霊性
ヤコブ・アルベリオーネ神父は、その生涯において五つの修道会、四つの在俗会、一つの協力者会の、あわせて十の会を創設しました。そのうちの四会(聖パウロ修道会、聖パウロ女子修道会、師イエズス修道女会、聖パウロ協力者会)は日本で活動していますが、残りの六つの会(よい牧者イエスの修道女会、使徒の女王修道女会、大天使聖ガブリエル会、お告げの聖マリア会、司祭であるイエス会、聖家族会)はまだ日本で活動していません。これらの十の会は一まとめにして、「パウロ家族」と呼ばれますが、それは各会の創設者が同一人物であるばかりでなく、十の会が基本的使命を共有しているからです。それは下記のように要約することができます。
★道・真理・いのちである師イエス・キリストを生きること。
★現代世界に、より効果的な手段を用いてキリスト全体を与えること。
また「パウロ家族」では下記の点が強調されます。
★聖体のイエスから養われていることを自覚すること。
★聖マリアを使徒の女王としてその御保護に信頼すること。
★パウロ的精神と呼ばれる共通の精神を大切にすること。
★教会に奉仕するという司牧的精神を大切にすること。
1 パウロ家族の霊性の形成
アルベリオーネは、「パウロ家族の霊性」を提示するにあたって、教会の歴史から学ぶとともに、彼が生きた時代から多くのことを学びました。すなわち、彼は教会においてすでに大きないのちを形成していた種々の修道会の霊性を学びました。この学びを通して、彼はどの修道会もイエスをその中心としていることで共通している一方で、各修道会の霊性の特徴は、イエスのどの面を強調するかにかかっていることに気づきます。
また、彼は聖パウロの研究において、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられる」(ガラ2・20)という聖句に集約された、パウロの師イエスを全面的に生きている姿に注目します。
こうした気づきを積み上げながら、アルベリオーネは「イエスの全体」を生き、与えることを目指す霊性を模索します。その結果として彼は、「道・真理・いのちである師イエス全体を生き、すべての人々に与える」という霊性を、パウロ家族の霊性の原点としたのでした。
アルベリオーネは同時代の人々から多くのことを吸収し、パウロ家族の霊性の形成に役立てていることが知られています。彼は神学生の頃、彼の霊的指導者カノニコ・キエザ神父の授業において、生活の中で道・真理・いのちである師、牧者であるイエスに同化することの重要性を学びました。1900年11月1日、当時の教皇レオ13世は、聖年にあたって回勅『タメトゥシ・フトゥーラ』を発布しますが、そこでは人類の救いのために個人ばかりでなく、人間社会こぞって「道・真理・いのちであるキリストへ回帰しなければならない」ことが訴えられています。これもアルベリオーネの霊性に深く取り込まれました。また当時の神学者コルネリオ・クリーグは、道・真理・いのちであるキリストを中心とする組織的司牧プロジェクトを提案していましたが、これもアルベリオーネの考え方とその方法論に大きな示唆を与えました。さらにアルベリオーネは司祭叙階直後に、聖エイマール(1811〜1868年)が創始した聖体礼拝会に加盟しました。エイマールはその著書の中で、「聖体におけるわたしたちの主イエス・キリストは、もっとも重要な道であり、モデルである」と記していますが、エイマールの聖体理解は、アルベリオーネの聖体理解に深い影響を与えたのでした。このほか、タンクレーやロヨラ・聖イグナチオなどの影響なども指摘できます。
このように、アルベリオーネは伝統的な霊性を踏まえながら、それに彼の時代の「時のしるし」を注意深く取り込んで、パウロ家族の霊性を形成していったのでした。
2 パウロ家族の霊性における三本柱
——イエス、マリア、パウロ——
アルベリオーネは「イエス、マリア、パウロ」を彼独自の視点から捉え、その霊性の柱としました。
【道・真理・いのちである師イエス】
アルベリオーネはイエスを全体として捉えることをめざしましたが、最終的にはイエスを「道・真理・いのちである師イエス」と表現しました。
イエスは道です。道であるイエスは、十字架上でのいけにえによって、私たちに御父への道を開かれました。私たちもその道に従い、キリストを身につけていくのです。イエスは真理です。真理であるイエスは、私たちに御父の愛と忠実を示し、福音書を残し、教会を通して教えてくださいます。私たちパウロ家族も、福音と教えによって真理であるイエス・キリストを生きていくのです。イエスはいのちです。いのちであるイエスは、御父のいのちに私たちを与からせてくださいました。私たちも洗礼、聖体、諸秘跡、聖体訪問によって、いのちであるイエス・キリストをいただきます。
こうして道・真理・いのちである師イエスが、人間の中で徐々に形づくられ、知性・意志・心という人格の三つの機能が全体的にキリストに生かされることを目指します。つまり、わたしたちの知性に対してキリストは真理であり、わたしたちの意志に対してキリストは道であり、わたしたちの心や感情に対して、キリストはいのちとなるのです。
人は知性・意志・心・体力のすべてを通してキリストを生きれば生きるほどに、聖なる人となるのであり、「もう一人のキリスト」を形づくることになります。修道生活も勉学も使徒職も、すべてがイエスにつながらなければなりません。アルベリオーネが提示するパウロ家族の使命とは、このイエスを生き、世界に与えることにほかなりません。
【使徒の女王聖マリア】
アルベリオーネは、マリアを「使徒の女王」と表現しました。使徒はイエスを告げ、イエスのいのちを世界に与えることを使命とする者にほかなりませんが、マリアこそ、この使徒の使命を最高に果たすものであったとアルベリオーネは確信したのでした。マリアは道・真理・いのちであるキリスト全体を世界に与えた方です。アルベリオーネが描く「使徒の女王マリア」の像や絵には、彼のマリア理解がよく表現されています。そこでマリアは、左手にみことばを携えているイエスの背後にあって、イエス自身を世界に向かって差し出しています。
パウロ家族にとって、マリアはもっとも完全な模範です。マリアのご保護のもとに、マリアからキリストを受け、マリアを通してキリストへと歩み、キリストのいのちを生き、マリアにならってキリストを世界に与える使命を生きることこそ、パウロ家族の成功の秘訣であるとアルベリオーネは考えました。
【使徒聖パウロ】
聖パウロは、アルベリオーネにとって「イエス・キリストの全体を捉え、イエス・キリストの全体を生きた」偉大なる模範でした。またアルベリオーネは聖パウロのうちに、あらゆるものを駆使してキリストを与え続ける、使徒の姿を見いだしました。彼は、パウロのように深くキリストを生き、キリストを与える、しかも時代に即した手段をもって使命を遂行することこそ、パウロ家族の模範だと確信したのでした。アルベリオーネは、時代がつぎつぎと生み出す「最も迅速で時代に即した手段」が、世界に福音を告げるための有効な手段となることを確信しました。彼は印刷機、マイク、スクリーンを、パウロ家族の「説教壇」と呼び、印刷工場、制作室を「聖堂」と表現し、現代的諸手段を使徒的使命の遂行のために積極的に活用したのでした。アルベリオーネは、「現代の人々により効果的な手段を用いて、イエスの全体を与える」精神性を、聖パウロから学んだのでした。そのためには、アルベリオーネは、すべてにおいてイエス・キリストを生き、世界に与え続けた聖パウロこそ、パウロ家族の模範であると確信したのです。
*記事作成にあたり、パウロ家族で出版された資料などを参考にしました。
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