導入:パウロと共にパウロ年を歩む
(2008年6月~2009年6月)
教皇ベネディクト16世は、使徒聖パウロの生誕2000年を記念して、2008年6月28日から2009年6月29日までを、聖パウロにささげられた特別の年とお定めになりました。そして、ローマにある城外の聖パウロ大聖堂を初めとして、パウロの名前を持つ修道会や諸団体がさまざまな形でイニシアチブをとるよう招かれました。これにこたえて、わたしたち聖パウロ修道会も、パウロ家族を構成する他の会と力を合わせ、陰に日向に、多くの取り組みを行うことにしています。
イベントや講話をとおして士気を高めることも必要でしょう。その一方で、聖パウロに学び、この偉大な聖人がはぐくんでいったキリスト理解、キリストとのかかわり、そこから求められる生き方を身につけ、信仰者・宣教者として成長することも重要でしょう。
この資料は、毎回、パウロの体験や生き方にかかわる一つのテーマを取り上げ、深めていきます。できるかぎり、分かりやすく、また各自が自分に当てはめて見つめることができるように記していきたいと思います。そして、パウロを保護者とする修道会として、わたしたちの霊性の視点からも、説明を加えたいと思います。
以下に引用する文章は、わたしたちの修道会の創立者である福者ヤコブ・アルベリオーネ神父が1957年に記したものです。パウロ家族は、この年の1月25日、聖パウロの回心の祝日から一年間を「使徒聖パウロにささげられた年」として歩もうとしていました。それに先立ち、アルベリオーネ神父は、この年に何をなすべきかを提案しました。今年のパウロ年を歩むうえで、助けになればと思い、引用します。
「(1)これまでの長く厳しい歩み、とりわけ初期の時代の歩みにおいて、わたしたちを守り、導き、照らしてくれた、わたしたちの『父親』(訳注:パウロのこと)に対する感謝の念を表すこと。
(2)聖パウロをよりよく知ること。その高い人間的・霊的人格については、すでに多くのことが書かれています。しかし、言うべきことは、まだたくさん残されています。『自分の「父親」を知りなさい』。その聖なる生涯、使徒としてのはたらき、教え、神のもとでの力を。『キリストの使徒』、『異邦人の師』、『教会の役務者』、『選びの器』、『福音を告げ知らせる者』、『キリストの殉教者』を知ること。教会の教義、倫理、典礼、組織の中に彼がどれほど大きく入り込んでいるかを知ること。
(3)彼の諸徳によく倣うこと。彼は、真の『神の人』でした。卓越した形で恵みに満たされた人、神のことがらを特別にゆだねられた人、特別な方法で神に義務づけられた人、『わたしに与えられた神の恵みは無駄にならなかった』(一コリント15・10)と言うことができた人。神の歌い手、神の栄光を言い広める人、神への礼拝の推進者、神のおきての擁護者、神のためにより分けられた人、キリストに捕らえられ、キリストのうちに生きる人。
(4)聖パウロに祈ること。3つの理由で。神のもとでの聖人たちの力は、地上で神のためにおこなったはたらきに比例します。そして、彼は家族の父親であり、父親というものは子どもたちのことを思います。わたしたちは、祈りによって、彼のすばらしさを得ることができます。
(5)『使徒』を愛すること。単に『使徒』と言うだけで、聖パウロのことを表します。彼の姿は、通常〔の使徒〕よりもはるかな高みにあるからです。『Abundantius laboravi(わたしは豊かにはたらきました)』(訳注:一コリント15・10、新共同約では『わたしは(他のすべての使徒より)ずっと多く働きました』)。
(6)さまざまな国々に広がっている人々、わたしたちの兄弟姉妹たちが、何に合致しなければならないか、何をもたらし、伝えなければならないか、何を避けなければならないかを、聖パウロの模範に基づいて、賢明に、聖なるしかたで判別することができるよう、恵みを得ること。『異邦人の師』、わたしたちの父親であり、モデルである方に祈り求めること」(L’apostolo Paolo, ispiratore e modello, pp. 228-229)。
澤田 豊成(聖パウロ修道会司祭)
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キリストとの神秘的な出会いを受け止めて