第1回:キリストとの神秘的な出会いを受け止めて
【聖書参考個所】
ガラテヤ1・11-17、フィリピ3・4-11、
使徒言行録9・1-19、22・3-16、26・4-18など
パウロは、ダマスコ途上で復活のキリストの出現を受けました。使徒言行録には、パウロ自身が振り返って語っている個所(22章、26章)も含めて、3回、この出来事が記されています。パウロ自身は、その手紙の中で、この出来事について、あまりはっきりとは語っていません。しかし、この体験がパウロにとって決定的転機となったことは、フィリピの教会への手紙からうかがい知ることができます。「わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失と見ています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています」(3・7-8)。この体験の前と後とが対比され、すべてが変わったことが強調されています。では、この出来事とは、いったいどのようなものだったのでしょうか。
使徒言行録は、光と言葉をこの出来事の中心に置いているようです。「突然、天からの光が彼の周りを照らした」(9・3、また22・6では「強い光」)。「私は天からの光を見たのです。それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました」(26・13)。「サウロは、……呼びかける声を聞いた」(9・4、なお22・7参照、26・14では「ヘブライ語で語りかける声」)。何か視覚と聴覚にかかわる特別な現象が起こり、それを当事者の側が体験するのは、たとえば主の洗礼、変容、復活したキリストの出現、聖霊降臨などにも共通することです。パウロ自身も、ガラテヤの教会への手紙で、「わたしはこの福音を……イエス・キリストの啓示によって知らされたのです」(1・12)、「神が、御心のままに、御子をわたしに示して〔くださった〕」(1・15-16)と述べ、この出来事がキリストを見ること、福音の啓示を受けることであったと記しています。
さて、この出来事が起きたとき、使徒言行録によれば、そこにいたのはパウロだけではありませんでした。しかし、不思議なことに同行した人たちは、パウロと同じ体験をしたわけではないようです。「一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした」(使徒言行録22・9、ただし9・7では「同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた」とあります)。たしかに、パウロは何かを「見」、何かを「聞いた」わけですが、それは感覚的なことではなかったようです。それは、超自然的体験であり、非常にパーソナルな体験でした。
キリストが、パウロだけに、しかもパウロだけが分かるような形でご自分を示し、語られたのです。そして、パウロだけが、このことを神秘的な形で「見」、「聞いた」のです。パウロは、これを神秘的、決定的な体験として受け止めました。こうして、パウロはキリストに出会い、変えられていったのです。これがキリスト者として、使徒としてのパウロの出発点です。
神からの特別なはたらきかけと、それを感じ取った人の受け止めからなるこの神秘的な体験は、教会の歴史を特徴づけるものです。たとえば、「修道生活の父」と呼ばれるエジプトの聖アントニオもそうでした。彼は、あるとき、マタイ福音書19・16-22の朗読を聞きます。そして、「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それからわたしに従いなさい」(21節)という言葉が自分に向けられていると感じます。こうして、アントニオは実際に全財産を売り払い、貧しい人々に施し、砂漠に退くのです。
どういうことなのでしょうか。そこには多くの人がいたはずですが、アントニオ以外にそのようにした人はいませんでした。他の人々は、神の言葉に対する敏感さがなかったということでしょうか。また、アントニオ自身、それまで何度もこの個所を聞いていたはずです。それまでは気づかなかったということなのでしょうか。それとも、アントニオの単なる思い込みだったのでしょうか。
おそらく、それは神が、特別なしかたで、そのときに、アントニオだけに語られたのです。そして、アントニオは、自分の中にはたらく霊に助けられて、これを決定的な言葉として受け止めたのです。
わたしたちの修道会の創立者アルベリオーネ神父にも、このような神秘的体験が恵みとして与えられました。まだ彼が神学生であったときに、1900年の大聖年の終わりに体験したことです。この体験のことを、彼は「決定的な夜」と呼び、次のように語っています。「前世紀〔19世紀〕と今世紀〔20世紀〕を分ける夜は、その中で彼の未来の使徒職が生まれ、生きることになる固有の使命と特別な霊性にとって、決定的な夜であった。アルバの司教座聖堂では、真夜中の荘厳ミサに続いて、顕示された聖体のイエスのみ前で荘厳な継続礼拝がおこなわれた。……聖なるホスチアから一条の特別な光が来た、すなわち『venite ad me omnes(みな わたしのところに来なさい)』とのイエスの招きを、今までより深く理解する恵みがくだった。彼には偉大な教皇レオ13世の心が、教会の招きが、司祭の真の使命が理解できたような気がした。反対者が利用している手段を使って今日の使徒とならなければならないとトニオロ氏が説いていたことが、はっきりとしてきた。自分が、主のために、そしてともに生きることになる新しい世紀の人びとのために、何かをおこなう準備をするように深く義務づけられているということを感じた。比較的明確に自分が無に過ぎないことを自覚し、同時に、聖体のうちに『vobiscum sum usque ad consummationem sœculi(わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる)』という言葉を聞き、ホスチアであるイエスのうちに光、糧、慰め、悪への勝利を得られるのだということを実感した。……祈りは、荘厳ミサの後、4時間続いた。……聖体、福音、教皇、新しい世紀、新しい手段、教会に関するパガヌッツィ伯の教え、使徒たちの新しい群れの必要性ということが、知性と心に根をおろし、やがてそれらのことが、いつもその思い、祈り、内的はたらき、望みを支配するようになった。新しい世紀の教会と人々に奉仕し、他の人々とともに組織の中ではたらくよう義務づけられていると感じた」(AD 13-20)。彼も、聖体からの神秘的な光を見、キリストの言葉を聞き、これが特別な体験となって、それ以後の彼の思いや望みを決定的に導いていったのです。
また、後にパウロ家族のすべての聖堂に掲げられることになる、「恐れることはない。わたしはあなたたたちとともにいる。ここから照らそう。悔い改めの心を保ちなさい」との言葉を受けたときも、アルベリオーネ神父は同じような体験をしています。光に包まれた師キリストを見、そこから出る言葉を聞いたのです。創立者は、指導司祭の助言のもと、この言葉をパウロ家族にとっての「光といのちのプログラム」としていきます(AD 151-160参照)。
パウロにはたらきかけ、多くの聖人たちにはたらきかけ、アルベリオーネ神父にはたらきかけてくださったキリストは、今もわたしたち一人ひとりに特別な形ではたらきかけ、わたしたちがそこから決定的な光を得ていくよう招いておられます。わたしたちは、こうしたキリストのはたらきかけを「見」、「聞く」ことができているでしょうか。どのように「見」、「聞いて」いるでしょうか。それは、わたしたちにとっても「決定的なもの」となっているでしょうか。わたしたちは、そこから何を受け止めているでしょうか。
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十字架にかけられたイエス