最終回:わたしは弱いときにこそ強い
【聖書参考個所】
一コリント4・6-13、二コリント12・1-10、フィリピ1・12-14、4・10-14など
わたしたちは、パウロという人物をどのようにイメージしているでしょうか。多くの人にとって、パウロは雄弁家で、優れた宣教能力を持ち、行動力を備えた人物で、キリスト者としてはかなり理想的な人物でしょう。しかし、このイメージは、どちらかと言えば、パウロを理想化して描き出す使徒言行録から浮き彫りになるものです。間違ってはいなくとも、それは一面的なものであることが多く、パウロ自身が記した手紙をとおして修正される必要があるでしょう。
パウロの手紙から浮かび上がるイメージは、むしろ涙もろく、しばしば激しい感情をあらわにし、さまざまな点で弱さや限界を持った人の姿です。パウロは、コリントの教会に対して、「わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました」(二コリント2・4)と言います。このコリントの教会は、パウロがかなりの時間とエネルギーを注いで生み、育てた教会ですが、第二コリント書を読めばわかるとおり、少なくともある期間、パウロと大きく対立しています。パウロは、この教会に何通もの手紙を送っていますし、テモテやテトスをも派遣しなければなりませんでした(一コリント4・17、二コリント7・6-7)。コリントの教会がパウロの伝えた福音から離れてしまったことがおもな原因でしょうが、しかし、一部の教会にとってはパウロの人となりがうまく合わなかったということも十分に考えられるでしょう。
パウロは、一部の人たちが「〔パウロは〕手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」と言っていることを記しています(二コリント10・10)。たしかに、パウロは続けて、「そのような者は心得ておくがよい。離れていて手紙で書くわたしたちと、その場に居合わせてふるまうわたしたちとに変わりはありません」(10・11)と記し、これに反論しているようにも見えます。しかし、そのしばらく後では、「あの大使徒たちに比べて、わたしは少しも引けは取らないと思う。たとえ、話し振りは素人でも、知識はそうではない」(11・5-6)と述べており、「話し振りは素人」であることを認めているようです。これは、使徒言行録の描き出すパウロと大きく異なります。使徒言行録には、見事なパウロの宣教説教が載せられています(たとえば、ピシディアのアンティオキアでの説教13・16-41、46-47やアテネのアレオパゴスでの説教17・22-31など)。また、リストラの人々は、パウロとバルナバのことを「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお降りになった」と考えたとき、「バルナバを『ゼウス』と呼び、またおもに話す者であることから、パウロを『ヘルメス』と呼んだ」とさえ記されています(14・11-12)。
それにしても、福音を告げ知らせる者にとって、「話がつまらない」というのは大きなマイナス要素となったことでしょう。パウロは、「神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです」(一コリント1・21)と言っています。この個所の論点は、十字架の愚かさについてですから、十字架にかけられたキリストを告げ知らせる宣教が愚かなことであると言っているのですが、もしかするとパウロが宣教を愚かな手段と考える裏には、自分が雄弁ではないため、人間的にはあまり効果が見込めないという思いがあったのかもしれません。いずれにせよ、パウロも宣教をおこなうにあたって、自分のさまざまな弱さと向き合う必要があったのです。
さて、パウロはコリントの教会にあてた手紙の中で、自分の弱さを取り除いてくださるように主に願ったことを記しています(二コリント12・7-10)。ここで、パウロは「とげ」という言葉を用い、それが「思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使い」であると理解しています(12・7)。この「とげ」が具体的に何を表すのかは、明らかでありません。病気のことなのか、周りの人からの圧迫なのか、投獄されていることなのか、それとも何らかの弱さのことなのか……。とにかく、パウロの活動を制限するような何らかの要素があったということでしょう。パウロは、これを取り去ってくださるよう「三度主に願いました」(12・8)。しかし、それが取り去られる代わりに、主の言葉が与えられました。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(12・9)という言葉です。
パウロは、なぜこの「とげ」を取り去ってほしいと願ったのでしょうか。パウロは、すぐ後で、「弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まり」という、パウロ自身が通常、福音宣教活動と結びつけて語る困難について語っています。ですから、パウロが「とげ」を取り去ってほしいと願ったのは、それが福音宣教活動の妨げになると感じたからなのでしょう。自分の弱さがなければ、宣教活動はもっと実りをあげるだろうに。人々からの妨害を受けなければ、もっと多くの人に福音を告げ知らせることができるだろうに。お金があれば、もっと遠くまで旅をするための費用を捻出できるだろうに。投獄されていなければ、今日も広場や会堂で力強くキリストを証しすることができるだろうに。パウロは、自分の弱さが福音宣教の妨げとなっていると感じていたようです。
これは、宣教に熱心であればあるほど陥りやすい誘惑なのかもしれません。キリストは、パウロの考え方が誤っていることを指摘します。福音を告げ知らせ、その実りを結ばせているのはキリストであって、パウロではないのです。前回、指摘したように、パウロはそのことを十分に理解していたはずです。「働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです」(一コリント15・10)。にもかかわらず、パウロは宣教を続けていく中で、いつの間にか、自分の弱さ、欠点、苦難が宣教の実りを妨げているかのように思い込んでしまうのです。パウロは、弱さと向き合いながら、「キリストがわたしの内に生きておられる」(ガラテヤ2・20)とはどういうことなのか、あらためて見つめるように招かれるのです。
こうして、パウロは宣言します。「わたしは弱いときにこそ強い」(二コリント12・10)。パウロが弱くても、パウロの中にはたらいてくださるキリストは強いのです。パウロの弱さ、欠点、苦難、投獄をとおしても、キリストは福音の実りをもたらしてくださるのです。しかし、この弱さの受諾はたやすいものではありません。弱さや困難から生じるさまざまな問題を、キリストの力強さへの信頼によって、喜びをもって耐え忍ぶことが求められるからです。「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています」(12・10)。自分の弱さの自覚とその中にあってキリストがはたらいてくださることへの信頼、そこから生じるすべての問題をキリストのゆえに満足して受け止めること。これこそ、パウロをとおして示される宣教者の根本要素の一つと言えるでしょう。
この点は、パウロ家族の創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父の生き方にもはっきりと見られるものです。19世紀と20世紀を分ける決定的な夜、当時、まだ神学生であったアルベリオーネは、徹夜の礼拝の最中に、聖体からの特別な光を受け、「主のため、また彼(=アルベリオーネ)がともに生きることになる新しい世紀の人々のために何かをするための準備をするよう義務づけられていると深く感じ」(Abundantes divitiae gratiae suae, 15)ました。神の計画の中に定められた務め、後に自分にゆだねられるであろう務めを漠然と感じながら、その準備をするようにとのゆるぎない招きを聞くのです。
しかし、アルベリオーネ神父はこの神から与えられる務めを前に、自分がまったくそれにふさわしくないことを意識します。「彼(=アルベリオーネ神父自身のこと)は、自分が無であるという、かなり明確な感覚を持った」(同 16)。しかし、自分の弱さの中でキリストがはたらいてくださることも、すぐに感じ取ります。「また同時に、『わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる』(マタイ28・20)ことを聖体の中に感じ、ホスチアであるイエスのうちに光、糧、慰め、そして悪への勝利を得ることができると感じた」(同)。
パウロ家族に与えられた使命の偉大さと、それを担うよう招かれているわたしたち自身の弱さの自覚、そしてキリストこそが使命の実りをもたらしてくださるという信頼、だからこそわたしたちの側としてもすべてを尽くし、すべてを受け入れていくという姿勢。それが明確にされているのが、アルベリオーネ神父自身が自分のためにつくり、パウロ家族の会員全員にかけがえのない財産として残した「パウロ家族の契約(あるいは、成功の秘訣)」であると言えるでしょう(『パウロ家族の祈り』p. 249)。
アルベリオーネ神父は、前提となる神からの召命について述べます。「師イエス、……わたしたちは、召された聖性と天の国の光栄に達し、社会的コミュニケーション・メディアによる使徒職をみ心にそって行い、あなたの崇高なみ旨を実現するものとされました」。この「わたしたち固有の召命が目指していることは大きいのです」が、それにこたえるためには、わたしたちはすべての面で不十分です。「わたしたちは、精神、知識、使徒職、清貧、すべてにおいて、弱く、無知で、無力で、不足しています」。だから、師イエスに「あなたにだけ信頼します」と約束するのです。師イエスこそ、「道・真理・いのち・復活・わたしたちの唯一最高の善」であり、「『わたしの名によって父に求めるものは何でも受ける』と言われた」方だからです。「あなたからは、よい精神、恵み、知識、使徒職の手段をいただけることを確信しています」。「どうか、わたしたちの霊的働き、勉学、使徒職、清貧の実りを増してください」。一方で、「わたしたちは、生活と使徒職のすべてにおいて、心を尽くし、力を尽くし、あなたの栄光と人びとの平和を求めることを約束し、これを務めとします」。つまり、すべてにおいて師イエスのみ心にかなうよう努めることを約束するのです。しかし、アルベリオーネ神父は、わたしたちが「信じながらも」、「自分の弱さと変わりやすさ」のために信頼し続けることができないことを自覚し、これを「恐れ」ています。だから、「母マリアの取り次ぎを求め」、「使徒聖パウロに注がれたあわれみをわたしたちにも注」いでくださるよう祈るのです。
パウロ年は、今月で終わります。しかし、わたしたちの歩みは、これからも続いていきます。パウロは、キリスト者の生き方を、よく「歩み」として描いています。しかも、前に向かって絶え間なく続いていく歩み、全力でなされる歩み、霊の導きに従う歩みです。「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。……わたしたちは到達したところに基づいて進むべきです」(フィリピ3・13-16)。「あなたがたは、よく走っていました。それなのに、いったいだれが邪魔をして真理に従わないようにさせたのですか。……霊の導きに従って歩みなさい。……わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう」(ガラテヤ5・7、16、25)。
パウロがとらえたキリスト者の歩みは、目標までの残りの道を歩んでいくといったものではないようです。それは、あくまでキリストとのかかわりにおいてなされる歩みであって、キリストの恵みの豊かさのゆえに、かぎりなく続くもの、これで終わりということのない歩みです。エフェソの信徒への手紙は、この神秘を、教会の絶え間ない「成長」という概念のもとに描写しています(この手紙は、おそらくパウロの弟子の一人によって書かれたものです)。「教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です」(エフェソ1・23)。キリストのゆえに、教会はすでに「神の充満」とも呼ぶべき状態にあります。しかし、この満ち満ちた教会はさらに成長していきます。「〔教会の〕かなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります」(2・20-21)。「わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。……あらゆる面で、頭であるキリストに向かって成長していきます」(4・13、15)。わたしたちの歩みも、キリストのかぎりない豊かさに突き動かされ、同時にキリストのかぎりない豊かさに向かって続いていきます。それは、豊かさの中をさらに豊かにされるかぎりない成長の歩みなのです。
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